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婆さんの好きな煙草
この空気の読めない婆さんとは、俺が小四の頃から一緒に暮らすようになった。
爺さんに先立たれた婆さんに、「一人じゃ淋しいだろ。一緒に暮らそう」って父さんが提案したからなんだ。
死んだ爺さんは宮大工で、酒は一切やらないけど煙管煙草が好きで、婆さんに首っ丈だった。
父さんも宮大工だけど、煙草は一切やらない。そして婆さんに似て成る口つまりイケる口で、母さんに首っ丈だ。
そんでうちの婆さんは、酒だけじゃなくて煙草も好きで、それまでずっと高嶺っていう煙草を吸ってたんだ。
爺さんは若い頃、高嶺吸ってるグラマーな婆さんを見て、「小粋な女だ!」と惚れちまったらしい。
「俺が若え頃な、高嶺吸ってる粋ちょんな悦子にとーんときたんだ。悦子はぼっとり新造でなぁ」って、生前よっく惚気てたもんだ。
けど爺さんが年末、風呂上がりに倒れて病院で息を引き取り、一月に高嶺の国内販売が終了になって煙草の買い置きがなくなると、婆さんは煙草をすっぱりとやめた。「あたしゃ高嶺以外の煙草なんざぁ吸いたかないんでね」って。
吸いたくなきゃ吸わなきゃイイんだ。父さんも母さんも俺も、煙草なんて嫌いなんだから。一緒に暮らす家ン中に、煙草吸う人なんていないほうがイイんだ。煙草なんて百害あって一利なしなんだから。
命を縮めるだけなんだから、禁煙できるんならそのほうがイイんだ。それでつらくないんなら。そのほうが長生きできるんだから、吸いたくもない他の煙草なんか吸う必要ないんだ。
トルコやルーマニアやスペインで製造されてる果物のフレーバー付きの高嶺なんか買って来たって、「こんなのあたしの吸ってた高嶺たぁ味が違うね」って言うに決まってるし。
日本で輸出用に製造されてる高嶺を台湾や成田の免税店で買って来たところで、高嶺を吸う小粋な女を見初めた爺さんは、もうこの世にいない。だから婆さんは、もう高嶺を吸わなくたってイイんだ。ほんとに吸いたくないんだったら、別に無理して吸う必要なんかない。
けど吸いたいんなら俺たちに気兼ねなんかせずに、自分の部屋の中でだったら吸ってくれたって全然構わないんだ。俺たちと同居するからって、遠慮なんか全然いらないんだから。強情っぱりなんだよ、婆さんは。
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