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「え?あなた達?」
「いえ、こちらの話です!確かに承りました!では私の記憶を抹消する作業に入らせていただきま……おっと、忘れてた!」
男は私に向けた手のひらを一旦引き下げた。
そしてトートバッグのポケットから名刺サイズの紙片を差し出してくる。
「こちらは”シアワセ券”といいまして、クリーニング権を辞退された方にお配りしてるものです」
「シアワセ券?」
「はい。私共シアワセ・クリーン・サービスのモットーは利用者様のシアワセ第一ですから!記憶を掃除すること以外にシアワセがあるのなら、そちらを応援します!こちらは、お持ちの方にシアワセを引き寄せる券になっております!どんなシアワセが訪れるかはその時のお楽しみですが、シアワセが訪れた際はいつの間にか手元からなくなってるはずです」
「へえ…」
私がその券を受け取ると、男はまた手のひらをこちらに向けてきた。
と思った瞬間、急激な眠気に襲われる。
ふわふわとした高級な布団に沈むような感覚の中、男の美声が遠くで響いていた。
「きっとそのシアワセ券は、平野真実さまと結ばれるために役立つと思いますよ。彼はあなたのことをとても心配してらした。でも、あんなにあなたを心配する方が傍にいるなんて、橋本さまはもう既にシアワセなのかもしれませんね―――――
ふと、携帯の着信音で目が覚める。
玄関で寝てたことに驚きながらスマホを見ると、会社の先輩だった。
私は何かを挟んでいたような指を解いて電話に出た。
「平野さん?おはようございます。――――え、今日ですか?はい、空いてますけど………
(完)
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