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「は?それ、平野さんから聞いてたんじゃないんですか?」
平野先輩が私の身に起こった事をペラペラしゃべったと思いたくないけど、それ以外考えられない。
なのに男は「まさか!平野さまはそんな事なさいませんよ!」と、またあの妙なハイテンションで否定してきたのだ。
そして「まだ信じていただけないのでしたら、もっとご披露いたしましょう」と、ニッコリ唇の笑みを深めてきたのだった。
「……あなたは一人娘で母親とはとても仲がよく、未だに幼少時の愛称で呼ばれている。あなたはそれが嫌で時々喧嘩にもなるけれど、母親の喜ぶ顔が好きだからついつい折れがち。小学生のとき友達から借りた本を返すのを忘れていて、それを気にしている。大学時代帰省して実家の車を車庫とガードレールにぶつけたことをずっと隠している。実家で飼ってた猫が亡くなったときは有休を取った。それを慰めてくれた彼と付き合いはじめたのが三年前。同棲前に実家に挨拶したときの母親の嬉しそうな顔を見てホッとした。でもその彼と別れ…」
「もういいです!」
男の言ったことは、どれもがその通りだったのだ。
親しい人に教えたことのある内容もあれば、誰にも言ってないこともあった。
それをなぜこの男が知ってるのか……
背筋を、何とも言えない感覚が走っていった。
「では信じていただけましたか?」
男は二パッと歯を見せた。
「まあ……」
信じる信じないは別として、今ここでこの男に歯向かうのは避けた方がいいように思えた。危害を加えてくる気配はないし、適当に聞いて帰ってもらえばいい。
すると私の肯定を受けた男は嬉々として話を進める。
「では、どの記憶を排除しましょう?」
「……選べるんですか?」
とりあえず話を合わせておこう。
「はい。何を嫌な記憶とするかは個人差がありますから。ちなみに平野さまは恋人との別れについての記憶をお選びになりましたね」
「じゃあ、私もそれで……」
一刻も早く男を帰したかった私は、特に考えもせずに答えた。
男の言うことを信じたわけじゃないが、平野先輩が最近前の恋人の事を口にしなくなったのは、この男が何か絡んでいたのかもしれない。
頭の片隅でそんなことを思う。
「かしこまりました!では橋本さまのシアワセのためにクリーニングさせていただきます!」
高らかな宣言のあと、今度は私の頭上に男が手をかざした。
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