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キィィィンと耳鳴りに似た音が頭の中に響き、ズキリと刺さるような痛みを感じた瞬間、走馬燈が走った。巡ってきたのは彼とのたくさんの思い出達。
最後は傷つけられたけれど、それまでには楽しい思い出だってたくさんあったのに。
そしてふと、母親の嬉しそうな顔と心配そうに曇った顔が交互に浮かんできて………
「ま、待って!」
咄嗟に叫んでいた。
「どうされました?」
男が私から手を離して尋ねた。
耳鳴りも頭痛もスッとなくなり、私はすぐさま男に問い質す。
「彼の記憶を消したら、彼と共有してる記憶はどうなるの?例えば彼は?彼も私を忘れるの?それから、私の母に彼を会せた時のことなんかは、母の記憶からも消されるの?」
「そうですよ?あなたと彼は最初から出会わなかったことになりますから。彼を介して知り合った人なんかのこともお互いの記憶から排除されますね」
「え……」
「でもそれで嫌な記憶がなくなるんですから、それでシアワセになれる方も多いんですよ?」
いや、確かにすごく傷ついた記憶はいっそ消えてなくなってしまえばいいと思う。
だが、そのせいで他の記憶にも影響が出てくるのなら話は別だ。
彼と別れる時、母には随分心配かけてしまったけれど、彼とのことで母の喜ぶ顔だって見られたのだから。
彼の裏切りがショックで、もう死んでしまいたい…というほどに立ち直れないのならば、それもありだろう。
でも少なくとも私は、そこまでの痛みではなかった。
傷ついたし腹も立つしあんな男酷い目に遭えばいいとも思うけど、彼に出会わなければ巡り会えなかった人や物だってたくさんあるのだから……
「………すみません、やっぱり、いいです」
気付いた時には、そう言っていた。
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