届かない月を掴む ―Grasping the unreachable moon―

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 演奏会の二日後、イェルハルドが約束より遅れてセルベル子爵家の上級町屋敷(タウンハウス)に訪れた。  イェルハルドが着用する青緑色のロングコートは最近の流行りの色だ。私の髪色に合わせた訳ではないだろう。イェルハルドは流行に敏感で、毎夜どこかの夜会や観劇に出かけている。 「昨日、結婚式のドレスの採寸を終えました。貴方の採寸はいつになさるの?」  本来は一緒に採寸を行うはずが、直前になって解約(キャンセル)された。 「……え? ああ、申し訳ない。少し考え事をしていた」  イェルハルドはうわの空。今日は説明しても無駄かもしれない。 「お疲れなのね。お仕事が大変なの?」  侯爵である彼は王や王族へと助言を行う元老院の一員であっても、年若いので発言権はない。ただ在籍しているだけのはず。  そうはわかっていても、侍女に疲労に効く薬茶をお願いする。 「ああ……少し忙しい」  イェルハルドが言葉を濁して、用意した薬茶を飲むことなく帰っていった。    三日に一度は食事や観劇を共にしていたのに最近は誘われない。  宮廷楽師クラーラに取り巻きと共に付きまとっているらしいと噂が入ってきた。  クラーラに熱を上げている貴族の男は多い。毎日のように贈り物が届けられ、毎日のように食事や観劇の誘いがあるという。クラーラはすべて断って、ただひたすらに竪琴を練習していると聞いている。  しばらくすれば諦めるだろう。  禁忌の恋は反対すればするほど燃え上がることがあると、昨年結婚した友人に忠告を受けた。私は静かに見守ることにした。
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