第7話

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第7話 隠された事実 「今日からは攻撃してもいいぜ。出来るもんならな」  勇也と空護は、今日もトレーニングルームで戦闘訓練を行おうとしていた。2人とも訓練用のヴァルフェを握り、いざ始めようとしたとき、空護が皮肉をたっぷり込めて言った。  空護はいつも通りローブをかぶっており顔は見えないが、その下では意地の悪い笑みを浮かべているのだろうと勇也は思った。  今までの戦闘訓練では、勇也は一方的に空護の攻撃を躱し続けていた。勇也は最近、空護の動きに体が慣れてきた。負けてばかりなのは変わらないが、空護の動きが読める、とっさの攻撃にも反応できる、と自分の成長を感じていた。  空護も勇也の成長に気付いているようで、戦闘訓練はステップアップしたようである。 「やってみせます」  勇也はさらにヴァルフェを力強く握った。ほんとは自信なんてなかったが、強がるために口角をあげて笑って見せた。  勇也の強気な態度を空護は鼻で笑い、はじまりを告げた。 「はじめ!」  まず駆け出したのは空護である。勇也はじっと空護の動きを見つめる。  後手必勝、勇也の勝ち筋はこれだ。空護のスピードに勇也は追いつけない。無理に追いつこうとすれば、勇也は自ら隙を生んでしまう。  故に、勇也は待った。空護が攻撃する際の隙を。  空護は右手に握ったヴァルフェを左下に構えた。下から切り上げるつもりなのだろう。  空護の右手がぴくりと動いた。 ―――来る  勇也はとっさに下がる。そして空護がヴァルフェを振り上げただろうタイミングで、自分のヴァルフェを横に薙ぐ、つもりだった。 「ぐわっ!」  勇也が予想していたよりも、空護は近くにいた。そして、勇也が横に薙ごうとした一息先に、勇也の腹を空護のヴァルフェがえぐった。  簡単な話だ。空護は勇也にフェイントをかけた。切り上げると見せかけて、もう一歩詰めてから切り上げたのだ。 「お前が佐川班長と現場に行ったことは聞いている。だから、カウンターを狙うことは分かっていたが…、ここまで簡単に引っかかるとは…」  勇也にとって全く嬉しくないが、空護にしては珍しく憐れみを含んでいた。まるで可哀想なものを見ているかのようである。 「もう一回、もう一回お願いします!」  このまま言われっぱなしではいられないと、勇也は急いで立ち上がった。  空護は大きくため息をつく。 「戦い方としては、お前に合っている。だが、その戦い方はセンスがいる。相手の動きを読まなきゃなんねえからな。心理戦だ。そしてお前にその才能はねえ。だからさっさとハンターなんぞやめちまえ」  空護の声に嘲笑はない。嫌がらせでもなく、心のそこから勇也に「辞めてしまえ」と告げる。  勇也にとって何回も聞いたセリフだが、慣れることではない。明確な目標のある今なら、なおさらだ。 「絶対やめませんから!」  勇也は再びヴァルフェを構え、空護は睨んだ。その勇也の様子に空護は諦めたように向き合った。 「そっちからでいい。好きなタイミングで来い」  空護に言われて、勇也は迷わず足を踏み出した。ヴァルフェを振り上げる。  空護はピクリとも動かない。勇也は誘われていることに気が付きながら、あえて右足を出し、空護の右側を狙った。  空護は勇也の読み通り、勇也の左側に避け、突きを繰り出す。勇也は右足を軸にしてぐるりと回り、ヴァルフェで空護の突きを払った。 「ちっ」 空護は舌打ちをし、勇也はにやりと笑った。  両者は体勢を整える。先に動いたのは空護だ。空護はまっすぐ勇也の方へ駆けると、ふわ高く跳び勇也を越えた。ダンっという着地音と同時に空護はバネのように勇也に切りかかる。  勇也は後ろを振り向くのに精いっぱいで、空護のヴァルフェをまともに喰らってしまう。  勇也の腹に激痛が走るが、倒れることはなかった。  そのまま空護に振りかぶる。  とっさに、空護は後ろに下がった。その後も勇也の猛攻は続く。空護はそれを躱し続け、隙をついて勇也のヴァルフェを払った。体勢を崩した勇也の首に、空護のヴァルフェの刃が当たる。 「負けました…」  勇也はがっくりと肩を落とす。いけると思ったんだけどなあ、とひとりごちた。  空護はヴァルフェを下げ、刃を消した。 「一度休憩する」  ヴァルフェを使用し、多大なマナを消費しただろうと、空護は休憩を入れた。 「はいっ!」  想像より力強く返事をする勇也に、空護は頭が痛くなる。どうやらまだまだマナは有り余っているらしい。  水でも飲もうと思い、勇也が立ち上がるとトレーニングルームの扉がバンっと大きな音を立てて開いた。その先には敏久が息を切らし切羽詰まった様子で立っている。 「大神、出動だ。向井森地区でオオカミのビーストが現れた」 「分かりました。清水はどうしますか?」  空護の問に敏久は眉を顰めて考え込んだ。そして、空護の方をじっと見た。 「大神は、どう思う?清水の実力を一番知っているのはお前だろ」  悩ましい問題を敏久に投げられた空護は、ローブの下で苦い顔をした。 「躱すことに徹すれば、使い物にはなるかと。オオカミの厄介な点は数。引き付け役でも役立つでしょう」  空護の返答に敏久は目を丸くしてから、満足そうに笑い、空護の背をバンバンと叩いた。 「そうか、そうか。よし、清水も行くぞ!詳細は移動しながらだ!」  そういうと敏久はエアカーのある車庫に向かった。 「はい!」  勇也も急いで準備を整え駆け出す。空護も後に続いた。 皆がエアカーに乗り込むと、空護の運転でぶわりとエアカーが浮かぶ。空護はいつもより荒々しい運転で、空を駆けいく。 「いいか、清水。今回お前の仕事は、ビーストを引き付けていることだ」  敏久が真面目な声色で勇也に言い聞かせる。 「オオカミのビーストは強い。NO.2と呼ばれるクマとくらべものにならないほどに。そしてあいつらは群れをなすからな、数が多いんだ。オレや空護でさえ、2~3匹を相手どるのが精いっぱいだ。一度に相手をする数を減らすためにも、お前が引き付けておいてくれ。戦闘訓練の成果の見せ所だな」  敏久の話を聞いて、勇也は顔を青くした。 空護ですらてこずる相手なのだ。自分なんかはすぐに食べられてしまうんではないだろうか。 勇也が内心怯えているのに気が付いたのか、敏久はバシバシと勇也の背を叩いた。 「恐怖を覚えるのも無理はない。しかし、オオカミの強さも、お前の実力も知っている、大神が出来ると言ったんだ。あの、大神がだぞ?自信を持て。そんなんじゃ出来ることもできんぞ!」  そうだ、ハンターなのだから危険なビーストと戦うのは、わかり切っていたことだ。  「辞めてしまえ」という空護のセリフを思い出す。何度言われようと、勇也は辞めようと思わなかった。  かたき討ちという一縷の望みと、皆の平和な生活を護りたいという夢、そのために自分はここにいる。  そして勇也には、空護が自分なら出来ると言ってくれたことが驚きだった。いや正確には言ってないが、「役立つ」程度にしか言ってないが。多分空護は、「いないよりまし」くらいにしか思っていない。それでも、発言の半分以上が勇也への暴言で溢れている空護から、勇也に対するプラスな台詞がでると思わなかった。  なんとなく心が軽くなる。 「オレ、頑張ります!」  勇也は両手を握りしめる。自分の手の冷たさが心地いい。 「着きます」  エアカーが急降下していく。どうやらそこは牧場のようで、家畜がビーストに追い回されており、ところどころには死体もある。  空護は乱暴にエアカーを着地させると、一番乗りで駆け出した。敏久や勇也もエアカーから素早く降りる。  空護は一番近くのビーストに切りかかる。しかしビーストは素早い動きでそれを躱した。 「ちっ」  空護の後ろから別のビーストが飛びかかる。空護はすれすれでそれを躱し、苦し紛れに足を切りつけた。しかし、息をつく間もなく別のビーストが襲い掛かってくる。  ビーストのスピードと連携攻撃により、空護は決定打を与えられない。  ―――数が多い  空護はあたりを見回す。敏久の周りには3匹、勇也の周りには1匹、自分の周りには4匹。  野生の勘が働いているのか、空護達の戦力を理解しているようだ。おかげで戦況は拮抗状態である。 「ちっ」  空護は再び舌打ちをする。ビーストの爪を紙一重で躱す。身にまとったローブがうっとうしい。流石の空護も4対1では分が悪く、躱すのが精いっぱいだ。  別のビーストがまた空護を狙っている音がする。空護が振り返ると、ビーストはギャンっと鳴き声を上げた。ビーストは尾の方から血を吹き出している。その後ろには、勇也の姿がいた。  勇也はビーストに一撃食らわせ、余裕なく一目散に再び駆け出した。尾を傷つけられたビーストはその後ろを追いかける。勇也を追いかけるビーストは2匹になった。 「ちっ…、強がりやがって」  空護にとって悔しいことに、少し戦況が変わった。1匹減るだけでも大分楽になる。  しかし、勇也に2匹相手は少々荷が重いだろう。少し急がなければならない。  空護は鷲狩を握りなおす。 「さっさと片付けてやるよ」  空護がローブの下でにやりと笑うと、ビーストの背に寒気が走る。ビースト達の前にいるのは圧倒的強者であると、彼らの勘が告げていた。 一方勇也はただ必死に逃げていた。 勇也が一匹だけから逃げていたとき、他の2人はビーストの数が多すぎて攻撃に転じられず、戦況は膠着状態にあった。 正直、オオカミのビーストは強かった。空護以上のスピードと、爪や牙による鋭い攻撃。カウンターを決める隙さえ見つからない。しかし、このままではじり貧である。    おれに、何が出来る?  実力なんてない。余裕なんてない。自信なんてない。  でもオレは、ハンターだから。誰かを護るために戦うって決めたから。  出来るか出来ないかじゃない。  護るために、やらなきゃならないだろうが!  勇也は、空護を狙っているビーストに攻撃を仕掛けた。  幸いにも、目の前の空護に集中していたせいか、勇也に気が付かない。逃げながらバトルアックスにマナを込め、ビーストの尾を切りつけた。  頭に血が昇ったのか、ビーストは勇也の思惑通りに自分を追いかけてきた。勇也は再び走り、ビーストの攻撃を躱した。  流石に2匹はきついな、と勇也は思った。空護を2人相手にしているようなものだ。空護ほど戦略を練っているわけではないが、空護以上に早い。タイミングを合わせぎりぎり攻撃を躱し続けていたが、いつまで持つか分からない。 勇也はバトルアックスにマナを込める。 小細工で勝てないなら、真っ向から勝負するまで! そう決めた勇也は、ビースト達に振り向いた。 一匹が勇也に牙を向く。 「くらええええ!」 勇也はその牙にバトルアックスを力いっぱいぶつけた。青白く光るバトルアックスにより、ビーストの顔がつぶれる。 しかし続けざまに、もう一匹が勇也に突進にしてくる。 「どりゃああ!」 勇也はバトルルアックスに食い込んでいるビーストの体を振り回し、もう一匹にぶつける。 勇也の隙を突こうとしたビーストはふっ飛ばされ、ぎゃうんと鳴いた。  勇也が追い打ちをしようとしたとき、遠くから声が聞こえた。  おかあさーん、まあだ?    牛舎から聞こえる声は、子供の声だった。母親と約束でもしたのだろうか。事態をわかっていない子供は、牛舎から出てきた。  護らなきゃ 気がつけば勇也の体は、子供の方へ駆けだしていた。 ふっ飛ばされていたビーストもそれを追う。子供、いや少女はビーストの姿を見て状況を理解したようだ。目には恐怖で涙を浮かべている。 酷使した足を必死に動かす。あと少しで少女にたどり着く、そのときとうとう勇也の足がもつれ、転んでしまった。 勇也は倒れながら少女を自分の両腕で抱きしめた。ぎゅっと目を瞑る。きっとビーストの牙や爪が自分の背に食い込むだろう。せめて、この子には届かないことを祈った。  ぐしゃりと、肉を噛む音がする。血だろうか、生温かく鉄臭い液体が頭にかかった。 しかし、不思議と痛みは来なかった。勇也は目を開き、恐る恐る後ろを振り返った。  そこには、ローブをたなびかせた空護と、その首筋に噛みついてるビーストの姿があった。噛みつかれた反動か、空護がいつもかぶっていたフードが取れている。 「この、バカ野郎がっ!」  空護の体に激痛が走る。ビーストの牙は、肉だけじゃなく、骨まで届いているだろう。  空護はかすむ意識の中、噛みついているビーストの首をはねる。胴体は重力に逆らうことなく、ドサリと大きな音を立てて落ちた。切り口からはどくどくと血が零れている。  死してなお、首に噛みついたままのビーストの頭を乱暴にとった。血がぶしゃりと飛び出す。 「先輩!」  血を流し過ぎた空護はふらりと倒れこんだ。その首筋からはまだ血が流れている。 「ここで待っててね」  勇也は子供に言い聞かせて空護の元へと駆ける。 「血、止めないと…!」 うつぶせに倒れこんだ空護の体を起こす。そこでやっと、勇気は空護の顔をみた。いつもならローブで隠されている空護の素顔を、勇也は初めてみた。 凛々しい顔つき、すっと通った鼻筋、無駄な肉などない頬、切れ長の目、整った顔だと思ったが、目を引かれたのはそこではない。 勇也が目を奪われたのは、短く切りそろえられた髪の間から生える、黒く艶やかな毛で覆われた、イヌのような耳。ヴァルフェールかとも思ったが、空護には人間の耳がなかった。 「獣人…!」  いつかの記憶がフラッシュバックする。後ろからでも分かるほど返り血にまみれた、1人の少年。その少年は茶色の耳と尻尾、鋭い爪を持っていた。  勇也は一瞬動きを止めたが、我に返り空護の血を止めようと動いた。 「いい、なにもすんな」  か細く、それでもいつもの荒々しさは忘れていない、そんな声で空護は勇也を制した。 「どうしてですか?」  勇也は、空護のローブを手にまき、傷口を圧迫した。遠くでは、ビーストを倒し終えた敏久がどこかに電話しているのが見えた。 「…オレはお前の仇だ」  勇也は目を見開く。空護は弱弱しくも鼻で笑って見せた。  先輩が仇?  勇也は戸惑い、おぼろげな記憶をかき集める。 「先輩は…」  勇也はそこまで言いかけて、口を閉ざす。  何を聞けばいいか分からなかった。  自分の何を知っているのか  先輩は一体何者なのか  本当に、自分の家族を殺したのか 勇也が言い淀んでいると、遠くから自分達のより一回り大きいエアカーが降りてきた。 「大神はあそこだ」  救急隊員のような恰好をした人たちを、敏久が誘導する。救急隊員たちは、空護を担架でスムーズに運ばれていく。 「佐川班長…、先輩はどこにつれていかれたんですか?」  救急隊に似ているが、全く違う組織だろう。普通のエアカーに乗っていることが何よりの証拠だ。救急隊ならサイレンを鳴らしている。 「鷲巣研究所、だ。おれたちも向かうぞ。その子を送り届けてからな」  そういうと敏久はちらりと子供に視線をやった。勇也は子供に駆け寄る。 「またせちゃってごめんね。お家、分かる?」  勇也は子供と視線を合わせるように、しゃがみこんで話しかける。 「お兄ちゃん、大丈夫なの?」  少女は目を潤ませながら、勇也を見つめた。その健気な姿に、勇也はふっと口元を緩める。 「大丈夫だよ。あのお兄ちゃんはすっごおく強いんだ。すぐ元気になるよ」  身振り手振りを伴った勇也のセリフを聞いて、少女は安心したのか花がほころぶように笑った。 「さあ、帰ろう」 「うん」  勇也が少女に手を差し出すと、少女は素直に受けとり立ち上がる。2人で敏久の待つエアカーに向かった。 ―――おれは、お前の仇だ  空護の声は、未だ勇也の耳に残っていたけれど
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