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いつものように帰路に着く。汚された下駄箱を見ないフリをして、ローファーを履く。
昇降口の扉にもたれかかっていた影が、私を見とめると何も言わずに後ろを付いて歩いてくる。ひたひた、と微かな足音だけが、彼の存在を私に伝えていた。
「……史隆くん」
足を止めて、振り返る。いつも通り、少しだけ緩められた制服をきて気怠げに立つのは、幼馴染みである櫻井史隆くん。目があった彼は、何を考えているのかいまいちわからない目で、私を見つめ返した。
「なぁに?」
「史隆くんも、……平野くん、みたいに、なんでもうちの命令に従わなくてもいいんだよ」
彼は興味なさそうに目を細める。隈の残る三白眼が、少し鋭くなったような気がした。私たちの間を風が通り抜け、糸のように細い彼の梔子色の髪がふわりと靡いていた。
「俺は俺の好きなようにやらせてもらってるから。気遣ってもらわなくっていいよ」
つまらなさそうにいう。彼も、私と同じ。同じように家に縛られて、使命を背負わされて、私と一緒にいる。同じく傍にいたもう一人、今はもう離れた所にいる平野くんのように好きなことをしてもいいと伝えても、いつも同じ答えが返ってくる。
彼はきっと、建前でそう言ってくれているんだろう。彼に小さな声でごめんね、とこぼした。
止めていた歩みを進める。また同じようにひたひた、と小さな存在感が後ろをついてきていた。
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