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「そうか、そうか。それじゃあ、今から死ね」
そう言いながら、腰の剣に手を掛けた。
訓練用の模擬剣なのが残念だが、致命傷を与えられないこともない。
「は!? どうしてですかっ」
「人のものに手を出したのだから当然だろ」
「意味が分かりません!」
速やかに間合いを取る新人に、ジリジリと近寄った。
往生際の悪い奴だな。
ただでさえ模擬剣で一撃では仕留められないというのに、うろちょろされては余計に狙いが定まらず時間が掛かってしまう。
あまり得意ではないが、魔法を使って拘束するか。
俺が使えるのは水魔法で一歩間違えば窒息の可能性もあるが、まぁ仕方ないだろう。
「カイト、私情で後輩を甚振ろうとするな」
呆れたような声を掛けるのは、騎士団の先輩のライリーさんだ。
ライリーさんにはアズの事を知られているので、この場では唯一俺の事情を知っている人だ。
遠巻きに俺と新人のやり取りを見ていたが、新人を拘束すべくその足元から立ち上った水流を見て黙っていられなくなったようだ。
俺でも使える水魔法のなかで、珍しく攻撃ではない魔法だ。
縄や鎖と違って、常に水を操っていないと拘束を解かれてしまうので、地味に魔力を消耗するのが弱点だ。
魔力量が多い方ではない俺には長時間の展開は難しく、戦闘中の手数の一つとして使用する。
手足を拘束して自由を奪うので、反撃の心配もない。
水流を首で止めるのが意外と難しく、勢い余って顔を覆ってしまうと命の危険もあるため、使用時には注意が必要だ。
ある意味、攻撃魔法よりも命の奪い方が残酷ではある。
確かに、これは紛れもない私情だ。
技量の差から、新人を一方的に攻撃することになるだろう。
例え鍛錬場での出来事とはいえ、外聞が悪い。
「分かりました。では決闘にします」
「少し落ち着け」
ライリーさんは、面倒そうにペシッと俺の後頭部を軽く叩いた。
言われるまでもなく、充分落ち着いていますけど?
「悪いな。多分、今お前が話をしていた子な、こいつの恋人なんだ」
「えっ!?」
びしょ濡れで地面に倒れた新人に、ライリーさんが余計な情報を与えると新人は大袈裟な程に驚いた。
その反応が気にくわなくて思い切り睨んでやった。
「何か不満でも?」
「いえ、そうではなくて。その、カイトさんのお相手なら、もっと派手な感じのご令嬢かと思っていまして」
慌てて立ち上がった新人が、言い訳のように何か言っている。
派手な感じのご令嬢って誰だよ。
俺の相手に、そんな得体の知れ無い奴を勝手に宛がうな。
「それは、あいつが地味だと言っているのか?」
「言ってません! むしろ可愛い系で驚いているんです」
「あ?」
こいつ、またアズを「可愛い」と言いやがった。
確かにアズは可愛いが、それだけではない。
仕事に真面目で、魔技研の黒いローブがストイックで格好良い。
それが、夜になると一転して滲み出る色香を纏い、あられもない姿で善がるのだ。
心配になる程敏感で、紅い瞳に涙を溜めて恥ずかしそうに上げる声に何度欲情したことか。
しまった。
こんな真っ昼間からアズの事を考えてしまった所為で、反応しかけてしまった。
幸い、今夜は会う約束をしている。
丁度良いから、アズに警戒しろと忠告しておこう。
相手が騎士だからといって油断して、何かあってからでも遅い。
「自分の恋人が褒められてんのに何で機嫌悪いんだよ」
「自分の恋人が、他の男に性的な目で見られているのが我慢なりません」
ムッとした顔をしていたらしく、ライリーさんに指摘されたので率直な意見を述べた。
アズが可愛いと知っているのは俺だけで十分だ。
他の奴らの目になど止まらせたくない。
「お前って本当に重い男だよな」
「自覚はあるのでお構いなく」
面倒臭そうに言われて、大きなお世話だと跳ね返した。
■ 終 ■
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
2021.9.2
本編後ならともかく、勘違い中の話は需要が無さそうと思いつつ書いてしまいました。
この2人の話はどうも甘くならないようです。
少しラブ度を上げてみたつもりですが、擦れ違っているので空回りです。
思いつくネタは大体こんな感じでカイトが気の毒…。
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