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 わたしの家族は良くも悪くも普通の人たちが集まっている。  父は誰でも入れる大学を出て、人口二万人の町にある中小企業に勤めている。そこでは、そこそこ出世しているらしく、今のところ何不自由なく暮らせている。母もそこら辺にいる専業主婦を連れてきたような人で、これといった特徴はない。いや、時々ねじが外れたように怒ることはあるが。  そして、わたしには四つ下の弟がいる。前までは弟もどこにでもいる小学生男子という感じで、まぁ少しばかりおとなしいかなと思ったくらいだった。  だが、最近はこうしてわたしの部屋に忍び込んでくる。  もちろん、目的は不明である。  微かな物音で目を覚ましたわたしは、寝たふりを続けていた。  今までにも何度か入られたことがあったが、盗られたものはなく、たまたま鉢合わせたときも漫画を借りに来ただけだとかではぐらかされた。年頃だからそういうこともあるのかと思ったが、どうもそうでもなさそうだから不思議なものだ。  薄っすらと目を開ける。  弟の後ろ姿が見えた。  必死にクローゼットを漁っているようだ。あそこには服はもちろん、漫画などいろいろなものが詰め込まれている。特にみられて困るものはないが、詮索されているような不快感が我慢ならなかった。  ——ねぇ。  弟のまだ小さな体は文字通りびくりと震えた。  恐る恐る振り返ったと思えば、すぐさま怯えた小動物のように逃げ出そうとドアへ走り出した。 「ちょっと待ちな!」  まだ完全に起き切っていない体で立ち上がる。 「ごめんなさい……ごめんなさい」  何かに怯えるように弟の顔はこわばっていた。 「謝るってことはなんか悪いことでもしたんじゃないの?」 「違う……けど」  わたしと話しているはずなのに、弟はわたしではない誰かを見ているようだった。 「何が違うんだよ。現に……」  わたしの言葉は弟の指差しによって遮られた。向けられた指先はわたしの顔面を突き刺し、眠っていた頭は一瞬として覚醒した。    熱く煮えた想いがそのまま弟の胸ぐらを掴んだ。  弟の荒い息遣いが指先から伝わる。 「ねぇ、本当にお姉ちゃんなの……?」 「うるさい!」  何もかもが壊れてしまえばいいと思った。  ぐちゃぐちゃになって、最初から何もなかったことになればいい。  小学生がなんだ、中学生がなんだ。  わたしはわたしなんだ。  掴んでいた手で強く弟を突き飛ばした。大きな音が響き、弟は反射的に自分の頭の前に手をかざした。そして、何度も謝っている。  最低だ。 「なんだよそれ。結局、わたしが悪者みたいじゃないか。もとはといえば、お前がわたしの部屋に勝手に入ってなんかやっているのが悪いんだろ」 「違うんだよ」 「何が違うんだ!」  血が全身に巡り、勢いよく怒りとなって吐き出ていくのがわかる。このまま流れに身を任せていたらおかしくなることもわかる。  でも、自分で止められるほどやわなものでもなかった。 「だって、良太くんのお兄ちゃんが言っていたんだもん」  西日は弟の涙を照らした。 「お姉ちゃんが誰かに体を乗っ取られていて、本物のお姉ちゃんはこの世界のどこかにいるって。最初は僕も信じなかったよ。でも、でもさ。ねぇ、お姉ちゃんその顔どうしたの?」  さっきまで滾っていた血は嘘のように引いていった。  一筋の汗がわたしの背中を伝う。 「どういう意味だよ」  自分で顔を触れる。  すぐさまベッドに横たわっているスマホを手に取り、画面を見つめた。 おかしい。  わたしの顔がどうして。  健康的な肌はぼろぼろになり、目はより細くなり、鼻は一回り大きくなっている。わたしの知らない顔が確かにわたしの顔としてついていた。  スマホが手から滑り落ちる。 「ねぇ、だから一緒にさ。本当のお姉ちゃんを探そうよ」  狂っている。  そんな言葉とともに、わたしの脳裏には恐怖という言葉が離れなかった。  弟の優しくも、怯えているようなまなざしを見つめた。 「もういいよ」  あきらめた音が体の中で鳴った。    目を伏せた弟の顔はドアが閉まると同時に消えた。
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