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——だれよ、あの子を殺したの。
泣き叫ぶ声はクラスの空気をより緊張させた。
なぜ、死んだのか。
そんなことはわたしには到底わからなかった。
が、確かにわたしがやったその生々しい感触だけが手に残り、危うく手を挙げてしまいそうだった。
優しい子だった。
みんなを笑顔する子だった。
将来が楽しみな子だった。
そんなありきたりな言葉を並べられて弔われた葬式は、誰もが肩を震わせて泣いていた。この子はこんなにも愛されていたんだ、と気づく一方で、自分の心が閉じていくのを感じた。
ただ、わたしは……。
「大丈夫ですか?」
髪を後ろで束ねた女性はスポンジのように柔らかい笑顔を浮かべていた。
変な汗は初夏の蒸し暑さと共に混ざり合う。
「はい……」
わたしは弟と喧嘩したその日から学校に行かなくなった。
母親はなんでと何度も理由を聞いてきたが、何も答えなかった。
休む理由が不明なうえに、突如として暗い顔を引っ提げて生き始めた娘をみれば、もちろん両親は慌てふためき、急いで病院やら、何とかスクールやらに連れていき、「うちの子は大丈夫ですか?」という感じになる。
そりゃ普通が売りだったうちの家族の一員から普通ではない人間が出れば焦るのも頷ける。ただ、こんな何とかスクールに来る意味はあるのだろうか。
少しばかりしわののった手がわたしの視界に入り込んでくる。
「私は心の専門家で、このフリースクールエルザに週1回来ている金子美弥といいます。よろしくね」
おそらく、年齢はわたしの倍以上あろうこの女性には、瑞々しさがある。
わたしは右手でほほを触れた。
これではどちらが年上か分からなくなる。
窓ガラスに薄らと映る自分の姿からすぐ目を背けた。
「ねぇ、何がすき?」
止まっていた喧噪は女性の質問と共に流れ込んでくる。
ここも学校なのかな。
「最初は戸惑うわよね。年齢も、格好も、何だったら変な大人も一緒の空間にいる」
楽しそうに彼女は語りだした。
「私もさ、ここに最初来た時、志乃さんと同じ感じで唖然としちゃったよ。まさにカオスだもんね。あっちでは、本を読んでいる子もいて、あんな端っこでゲームをしている子がいて、真ん中のテーブルでお絵描きと折り紙をしている子もいる。そして、あのギターをもって歌っているのがれいさんね」
「れいさん?」
わざとらしく口に手を当てて、女性は少しはにかんだ。
「そうよね。初めて来たんだから知らないわよね。あの人がここの偉い人よ」
れいさんを見つめる女性のまなざしはどこかむずがゆくなるものだった。
れいさんの周りには数人の幼い子たちが集まって、カスタネットやタンバリンなんかをもって一緒に歌っていた。
とても偉そうな人には見えない。
「ここって何なんですか?」
スクールとつくからには学校のようなものを想像していたのだが、ここはどうもそうではないような気がした。
みんながただただ遊んでいるだけだ。
こんなところにいていいのだろうか。
今になって、あとは頑張ってねという言葉だけを残して去った母のことを恨めしく思う。
「何なんだろうね」
歯切れの悪い言葉が返ってきた。
「私もいまだにここに来ると何なんだろうって思うんだよね。多分さ、私たちってなんか意味がないといちゃダメだって思っちゃっているんじゃないかな。きっと、もっと単純で、そして遊ぶこともとても大事なことなんだと思うよ」
わたしは右手をぎゅっと握った。
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