AIクリーナーと掃除しよう!

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『もう連絡しません。』 たった一行のメッセージを見ると、俺はスマートフォンを力一杯放り投げた。 投げられたスマートフォンは宙を舞ったものの、床には着地せず、どこかのゴミの上へガサッと落ちた。その音で、俺は今更ながらこの部屋がひどく散らかっていることを認識した。 床には足の踏み場はない。雑誌だとか、昨日の食事の残骸だとか、服だとか、乱雑に置かれている。 一年前に上京してすぐにこの部屋を借りた。それ以来、この部屋に掃除機をかけた記憶は一切ない。そもそも掃除機など持っていただろうか。あの女と付き合いだしたのも一年前くらいだ。 ともかく俺は、全てを失った。あの女にいくら費やしただろうか。 ベッドから体を起こすと、年中閉めっぱなしのカーテンの隙間から漏れた日光が、俺の目に突き刺さる。こんな昼の時間に起きるのも珍しい。いつもは夜のアルバイトに合わせて、夕方頃に起きては朝方に寝る生活だからだ。 どうしたものか。このゴミ共、どうやって片付けようか。 今日は1日予定もない。アルバイトもなければ、空中分解中のバンドの練習もない。当分女とのデートの予定もなくなった訳だ。掃除するにはもってこいの日だろう。 しかしだ。俺にはやる気がない、いわゆる「モチベ」というやつだ。こればかりはどうしようもない。 思えば今までも、予定のない日など数多くあった。学生やサラリーマンと違い、俺は自由な(そして怠惰)なミュージシャンの卵というやつだ。部屋を掃除できるほどの余暇は、他の人と比べて有り余っているだろう。 それでも部屋がこの有様なのは、俺に掃除する気力がないことを如実に示している。 試しに、ベッドのすぐ脇にあった雑誌の束を持ち上げてみる。両腕にかかる重力だけで、もうやる気がなくなる。 「無理だな」 誰かに弁解するように独り言つと、俺は雑誌を元に戻した。 ふと、雑誌の背表紙の広告に目をやった。 『あなたの部屋を、人工知能(AI)が片付ける!』 『体験版!今だけ破格の一万円!』 『一ヶ月使用してご不満なら返品・全額返却OK!』 キャッチコピーの下には、どこかで見たような円盤型の自動クリーナーの写真が写っていた。 万年金欠の俺にとっては、通常であれば少し手を出しにくい値段だろう。しかし、今は彼女にフラれたばかりで、予算なら程よく余っている状態だった。 「返品できるのなら、いいか」 やはり、誰かに弁解するように呟いて、俺は遠くに投げたスマートフォンを拾いに行った。 …… 注文後、一週間ほどして俺の部屋に届いた小包には、以前見た写真とは程遠い形状の、まるで水筒のような円柱型の機械が梱包されていた。 やられた。絶対にやられた。 絶対に詐欺だ。 きっとこの機械はただのハリボテだ。返品しようとすれば『開封済み製品は返品不可』だとか言われるのだろう。 中身がわからないようにか、機械は不透明の緩衝材で包まれていた。 機械の入っていた段ボール箱を蹴飛ばし、俺は頭を抱えた。一万円あったら、他に何を買えただろう。 とにかくだ。 こいつが動いてくれなければ、本当に一万円をドブに捨てたようなものだ。 機械をよく見る。表面には何かが写りそうなディスプレイがあるが、底部にはちりを集めるようなブラシすら付いていない。 頭部に小さな起動スイッチがある。バッテリーすら同封されていなかったが、電池で動くとでもいうのか。 試しに押してみる。 「ピッ」と小さな信号音を出したあと、真っ黒なディスプレイに緑色の波形が映し出された。まるで病院の心電図のようだ。 『お買い上げありがとうございます。AIクリーナーでございます』 無機質な女の声が玄関に響く。スマートフォンの人工知能機能の音声よりも余所余所しい感じがする。 『ご要望をどうぞ』 要望も何も、入力する術がない。この機械には起動スイッチしかない。リモコンも同封されていない。 『ご要望をおっしゃってください』 だから俺にどうしろと言うんだ。相変わらず冷たい声ばかりが響く。 『ご要望をおっしゃってください』 「うるせえな、少しは黙ってろよ」 水筒の声がやむ。 しかし10秒ほどしてから、また。 『ご要望をおっしゃってください』 先ほどよりも、やや小さい声だった。 人の声に反応するタイプなのか?ますますこの機械の用途が分からなくなった。俺はただ掃除をしたいだけなのだが。 「部屋を片付けたいんだが」 俺はため息交じりの呆れた声を機械に吹き込んだ。 『わかりました。まずはこのクリーナーを、部屋の中心まで持って行ってください』 俺はクリーナーを持ち上げた。 その軽さに笑う。恐らく中身はスカスカなのだろう。本当にAIなのかどうかも怪しいところだ。玄関からリビングへ持っていく間、俺はこれをどこに売ろうか迷っていた。リサイクルショップですら、引き取ってくれるかどうか怪しい。 リビングは相変わらず足の踏み場もない。部屋の中心と言われたが、そこには物が積まれたコタツが置いてある。仕方ないので、まるで鏡餅の上にミカンを置くように、俺はコタツの上のゲーム機の上の空き箱の上の……何かの漫画の上に、クリーナーを乗せた。 『それではスキャンします』 機械の上から、緑色の光が伸びてあたりを照らす。部屋の中に舞うホコリがよく見える。 およそ1分後、光が消える。 『スキャンが完了しました』 『まず、部屋の空気を入れ替える必要があります』 部屋の空気? 確かに、最近窓を開けた記憶などないが。 「窓を開けろってか?」 『換気の必要があります』 「お前が空気清浄とかするんじゃないのかよ」 『まずは換気の必要があります』 部屋が片付いたら、すぐに返品してやる。 カーテンを開いた。 春の眩しい光が体に降り注ぐ。まるで巨大なエネルギーに全身を打たれたようだ。窓の鍵を開けて戸をスライドする。 もうすでに季節は春先だ、やや心地よい暖かさを感じる風が、一気に部屋の中に入り込んだ。ホコリが部屋中に舞った。 息をするのが楽になった気がした。 それに、どこか懐かしい香りもする。田舎出身だったせいか、花粉に苛まれることもない。そこでようやく、俺の部屋は空気が停滞していて、ひどい異臭がすることに気づいた。 『玄関の扉も開けて、換気扇もつけてください』 外の騒音に混じり、機械から無機質な声がした。 せっかく、久しぶりにいい気分になっていたのに。 『全方向から外気を取り入れた状態する必要があります』 俺はしぶしぶ、キッチンの換気扇と玄関の扉を開いた。自炊をしないので換気扇など全く使っていなかった。風呂場の換気スイッチも入れる。部屋に地鳴りのような換気音が響き渡る。 玄関と窓と換気扇を開けっ放しにしたまま、俺はベッドに寝転がった。光が差し込んだことにより、薄汚れた天井が目立つ。敷金もあるし、部屋で煙草を吸うのはやめたほうがいいかもしれない。 「次は何すればいいんだ?」 俺は声をかけた。AIクリーナーとやらは、春風をうけて揺れている。 『半日この状態にしてください。本日の清掃は以上までとしましょう』 そういうと、ディスプレイの心電図らしき信号が消え、勝手に電源が落ちた。 「おい、何消えてんだよ!」 俺が機械を掴み、乱暴に電源を入れようとしても、全く何も起動しなくなった。電池切れか、とも思ったが、この機械にはどこにも電池を差し込む箇所がない。 「どうしろってんだよ…」 俺は機械を適当にその辺りに放り投げると、ベッドに再び寝転がった。半日はこのままということだ。夜のアルバイトまでこのままにして、寝てもいいだろう。窓からは心地よい風が相変わらず注いでいる。 気づけば俺は、玄関も開けたままに、眠りに落ちていた。 …… 『掃除の時間です。掃除の時間です』 聞きなれない機械の声が繰り返されている。俺はベッドから飛び起きた。 「だれだ!?」 思わず叫んだ。空き巣でも入ったのかと思った。 部屋は明るい。昼の日差しが入り込んでいる。 昨日は部屋の換気をした後、アルバイトに出て朝方帰ってきた。風呂にも入らずそのままベッドに倒れこんで、今に至る。 『掃除の時間です。掃除の時間です』 何のことはない、昨日届いたポンコツ機械が、床に倒れたまま信号音を発しているだけだった。 「お前じゃねえかよ!」 俺は思わず、床の機械を蹴飛ばした。安っぽい音を鳴らして転がってたが、それでも信号音は収まらない。 『換気が済んだので、続いては掃除を行ってください』 「うるせえ!俺はバイトあがりでクタクタなんだよ!」 『早急な掃除が推奨されます』 「いいだろ1日くらい掃除しなくても!昨日換気したんだし」 『いいえ、早急な掃除が推奨されます』 「無理だよ!体力もやる気もねえってのに!」 『今掃除をしないと、あと3時間後に居間の中央にある生ゴミから異臭が出ます』 「…は?」 『さらに30分後、キッチンに生息しているチャバネゴキブリが居間に侵入して、生ゴミを漁りだします』 「おいちょっと待て」 『さらに30分後、風呂の水道管からショウジョウバエが侵入して、居間を飛び始めます』 「何で分かるんだそんなこと?」 『AIですから』 初めて、その機械が、まるで自分の意思を持ったように話した。 俺の眠気は完全に無くなってしまった。 「お前…AIってそういうことかよ」 『質問の意味がわかりかねます』 「勝手に掃除してくれる機械ってわけじゃなくて…掃除の指示をするAIってことかよ」 『当製品には、単体で清掃する機能はございません。購入者様の清掃を補佐するための機械でございます』 「じゃあ何の意味もねえじゃねえか!俺は勝手に掃除してくれる機械が欲しかったのに」 『こういったものでしょうか?』 突然、水筒のような機械のディスプレイが光り、ホログラムを何もない空間に映し出した。ホログラムには、まさに俺がイメージしていた円盤形の機械が映っていた。 「そんなことできるのかよ…お前…」 『確かにこのような製品は学習機能を搭載しており、全自動で清掃する機能がありますが、この部屋のように大きな物品やゴミが存在する部屋では自由に動くのは困難です。あくまで、足の踏み場があり十分に整理された部屋で、ホコリなどの微小な汚れを清掃するものです』 「俺の部屋には意味ねえってことかよ」 『部屋を十分に整理すれば、問題ありません。まずは大まかな掃除が必要です』 ため息をついて俺は頭を抱えた。 『いかがなされますか?生ゴミから異臭が発生するまであと2時間50分です。なお当製品には害虫を駆除する機能は備わっておりません』 「見りゃ分かるよ…そんなことくらい」 立ち上がり、とりあえず散らかりきった部屋を見渡す。 「どうすりゃいいんだ…」 『キッチンの隅に、半年前に購入したゴミ袋セットが放置されています』 「なんでわかるんだ?」 『以前スキャンした際に確認いたしました』 「そんなことまで分かるのかよ…」 『まずはコタツの上の生ゴミから片付けてください。掃除は汚れのひどい箇所から順にするほうが良いでしょう』 こいつ…まるで親みたいなことを言いやがる。 実家にいたころも、よく母親が「汚いところから片付けなさい」と言っていたような。 成績の悪さから進学もできず、といって就職する気にもなれず、半ば家出のような形で実家を飛び出した。父は俺が中学の時に死んで、母親と二人で暮らしていた。けれども、俺の居場所は絶対にあんな田舎にはないと思っていた。訳も分からず有り金を持って、伝手もないまま東京に出た。いつかミュージシャンになる、そんな希望を抱きながら。 母親はいつも俺のことを気にかけていた。無理もない、たった一人の息子なのだから。 気づけば、母親に連絡することもなくなった。もう俺には合わせる顔もない。 「嫌なこと…思い出させてくれるなあ」 俺は重い腰を上げて、とりあえずキッチンに向かった。床に散乱したものを踏まないようにしながら。 「くっせえ!ちくしょう!」 何が腐敗が3時間後だ、とうの昔に腐っていただろう。 ひどい臭いに包まれて、俺は怒号をあげながら生ゴミを袋に突っ込んだ。 『マスクを装着すれば不快臭を低減できます』 「マスクなんか持ってねえよ!」 『居間の押入れに入っています』 「…マジで?」 『なお、ゴミに直接触れるのを避けたい場合は、台所の上の戸棚に、アクリル手袋もございます』 お見通しすぎないか?そもそも俺はなぜ買ったのか? 掃除は、意外と早い時間に終わった。すべてのゴミを袋に詰めると、ようやく居間は足の踏み場ができた。 『本日のノルマ達成です。お疲れ様でした』 「いやいや、バイトみたいな言い方するんじゃねえよ…」 『明日は引き続き、生ゴミなどの処理と風呂場の清掃を中心に行います』 「明日もやるのかよ!」 『今日1日では片付きません。おそらく貴方のアルバイトに間に合わないでしょう』 「はあ…ともかくこれでゴキブリは出ないんだよな?」 『可能性は大幅に減少しましたが、そうとも限りません。もしご希望でしたら、ここから徒歩2分のところに位置しますドラッグストアで、害虫駆除用の消耗品を取り揃えることができます』 「え、これでゴキブリでなくなるんじゃねえのか?」 『この建物は築年数が古いため、害虫がパイプ中に多く生息しているものと思われます。当部屋に侵入させないためには、清掃以外にも殺虫剤の設置などをお勧めします』 「わかったよ…」 アルバイトまでまだ時間はある。財布の入ったナップサックを肩にかけると、俺はゴミ袋を持って外に出ようとした。 『貴方、昔からゴキブリが苦手ですからね』 「は?」 俺の声にも答えず、まるで今日の業務は終了というように、水筒のような機械は電源を落とした。 こうなると、もう一度起動することはできない。 聞き間違いだったのだろうか。こいつは俺のことを知っているのか? 「気持ちわりい…」 荒々しく玄関の扉を閉めると、両手のゴミ袋を乱雑にゴミ捨て場へ放り投げた。 …… 「それで、今日は何すればいいんだ?」 また昼頃に信号音で起こされた俺は、床に転がる機械を睨みながら言った。 ここ何日か、ずっとこいつの言いなりだった。 昼頃に起こされては部屋の掃除をし、夕方ごろに食事をとってアルバイトに行く。朝方帰宅してはそのまま寝て、またこいつに起こされる。 掃除するたびに部屋の空気はみるみる軽くなり、異臭も無くなった。ユニットバスも掃除しろと言うのでしてやった、何度吐きそうになったことか。 『本日は居間にある書類や不用品の整理です』 確かに俺の部屋には、しかしながらまだ物が溢れていた。放置しても腐ることはなさそうだが、相変わらず乱雑な状況だった。 「こいつら…どうしたらいいんだよ。俺の家には本棚も衣装ケースもないぞ」 『ほとんどのものは貴方に不要なものです』 「おめえに分かる訳ねえだろ」 『断捨離です』 「馴れ馴れしい口ききやがって…」 ベッドから起き上がる。寝る時間が長すぎないせいか、何だか体の調子も軽い気がする。 「それで、どこから手をつければいいんだよ」 『まずは一番物がうず高く積まれているコタツの上から始めてください』 「これは」 『不要です。四ヶ月前の雑誌です。掲載されているキャンペーンは終了しています』 「じゃあこれは」 『不要です。そのスケジュール帳は残り一ヶ月で使えなくなります』 「これはどうよ」 『不要です。払込期限は過ぎています。役所で新しく納付書を申請する必要があります」 俺は不要な書類やら雑誌やらを、紙ゴミの袋へ入れていった。 「けど本棚とか、ゆくゆくは必要だろ」 『現状は必要ありません。おおよその雑誌を廃棄すれば、この部屋にはほとんど物がなくなります』 「そんなにいらないものばっかりなのかよ」 『大概のものは不必要です』 「なんか俺のことみたいに言われて不愉快だ」 俺は片付ける手を止めて、機械を睨む。機械のディスプレイには、相変わらず訳のわからない心電図を映しているだけだった。 『そのようなことはありません』 「あまり減らず口きくなよ、俺は今すぐにだって返品してもいいんだぜ」 『失礼いたしました』 「だったら指示だけしてくれよ。今の口ぶりはまるで…」 言いかけて、やめた。 「なんでもねえよ」 『誰かに似ているのですか?』 「だから何でもねえって…」 『その書類は、とても重要です』 「え?」 突然、機械が俺の手を制した。 俺は手元の資料を見た。それはA4サイズの茶封筒で、今にもゴミ袋に入れられようとしていた。 封筒には、見慣れた名前が書かれていた。 『とても重要なものです、捨てられません』 「これ…なんでこんなところに」 『おそらく郵便物をそのままにしていたのだと思われます』 母親からの郵便だった。差し出し日はもう半年前だった。 「半年前…何の連絡も来てなかったはずだ…」 『本当ですか?ただ連絡に気づかなかったわけでは?』 「うるせえ!」 今から半年前、俺がメジャーデビューを目標にすると豪語して、必死にバンド仲間とスタジオに入り浸っていた頃だ。バンドの技術力がひどくて、何度も喧嘩になった。 しまいには、ベース担当が辞めたいと言い出して、何とか引き止めたものの、それ以降練習することはなくなった。 <もっと気楽にやりたかったんだけどさ> そんな誰かのメッセージ以降、俺たちバンドのやり取りは無くなっている。俺の生活はそれ以降、更にひどいものになっていった。 あの頃、何度か電話にも出なかったことあったっけな。 『今すぐに中身を確認するべきです』 まるで子供を叱責するように、機械が俺に言う。 返す言葉もなく、俺は封を切る。 中には、小さな手紙としわくちゃの一万円札が入っていた。 『東京暮らしは慣れましたか?  きっと、素敵な生活を送っていることだと思います。  最近は連絡しても繋がらないことが多いですが大丈夫ですか。    母さんは、あんたが人気になることよりも、立派になることよりも、  何よりあんたが元気で健康にいてくれることだけが一番の願いです。  きっとどこかで父さんも応援してくれているはずです。  無理しないでね。  母』   その日は、掃除どころではなくなった。 代わりに俺は、涙で濡れたベッドとカーペットを、洗わなければいけなかった。 …… 『以上で、およそ清掃された状態になりました』 「…殺風景すぎねえか?」 『これで問題ありません』 最後のゴミ袋の口を縛る頃には、部屋はまるで入居した時のように整理された。 結局、ゴミ屋敷を掃除するのに、まるまる二週間かかった。大量のゴミ袋と消臭剤。たまに害虫と戦うこともあった。 そして結局、このポンコツ機械は何もしてくれなかったわけだ。 俺は部屋のブレーカーを落とした。 『ブレーカーを落とす必要はありませんが?』 「いいんだよ、今日はこれから帰省するし、たまには節電してえんだ」 『承知しました』 まだ朝方だ。部屋の電気を落としても問題ないだろう。 「ずいぶん綺麗になっちまったな」 『当製品はAIクリーナーですから』 「片付けたのは全部俺じゃねえかよ」 『もちろん貴方の働きによるものが大きいですが、当製品は、部屋にあるもの“すべて”を整理整頓する目的もございますので』 「やかましいわ」 俺の心境も整理してやったと言いたそうに、AIクリーナーとやらは機械音を出した。 「それと、予告通りお前は返品させてもらう」 『当製品にご不満がありましたか?フィードバックさせて頂きますので、改善点や問題点をお申し付けください』 「いや、不満なんて挙げればキリがねえけど…とにかく、もう俺にはお前は必要ねえんだよ」 『これからは一人で掃除ができるということですか?』 「できるさ」 ポケットの中の切符を握った。 「親孝行よりはできるだろ」 『そう自信たっぷりに言う人ほど』 機械が少し笑ったような気がした。 『案外すぐに汚すものですよ』 「ほんと減らず口だよな、てめえ」 俺は機械の電源ボタンを押した。ディスプレイは真っ黒になった。 「その言い草がほんと、お袋にそっくりなんだよ」 俺は荷物を肩に下げると、部屋を出て鍵を閉めた。(了)
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