第1話 『喫茶・軽食 山田』

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第1話 『喫茶・軽食 山田』

「特に問題ないな。綺麗なもんだよ」  心底残念そうに首を振って、笹倉は目の前のライトの電源を消した。同時に倒していた背もたれが、音も立てずにスムーズに起き上がる。笹倉と目が合う。予想はしていたが、この状況はやはり気まずい。誤魔化す様に、僕は座席の横に置いてある紙コップに水を入れた。 「そっか。わざわざ休日に時間かけてもらったのにすまんね」  水を少し口に含んでうがいをする。 「いいよ別に。珍客を相手にするのはいい気晴らしになるし。でも、武内って相変わらず分かりやすい奴だな」  紙タオルで口を拭く手を止めて、僕は今日初めて笹倉の顔をしっかりと見た。 「……どういう風に見えてる?」  笹倉の眼鏡のレンズに映る僕は、歪な形をしていた。 「腑に落ちないって顔してる。一応レントゲンも撮ってみるか?」 「いいよ。そこまでしなくても。前回撮ってもらった時も問題は無かったし、多分問題は他の所にあるんだと思う」 「何回目だっけ?例の夢を見たのは?」 「これで3回目」 「ふうん。夢を見てから、実際に食べたりした?」 「まさか!意識して、視界に入れないように努めてるよ」 「意識してるから、同じ夢見ちゃうんじゃないか?」 「じゃあ、どうすりゃいいのさ」 「……精神科医でも紹介しようか?」  笹倉は半笑いでそう言った。  僕は精神科で自身が相談する様を思い描いた。それは酷くシュールな光景に思える。 「止めとくよ。なんか、残念な人を見る目で見られそうだし」 「そうかぁ?ま、武内が嫌ならいいんだけど。……そういや、もうお昼だけど腹空いてない?」  笹倉に言われて壁を眺めると、時計は正午過ぎを指し示していた。 「空いてはいるけど笹倉、お前家で嫁さん待ってるだろ?」 「久しぶりなんだから、二人で外食して来なさいってさ」 「気使わせちゃったかな?」 「いや、俺の分の昼飯作るのが面倒くさいだけだよ」  笹倉はぶっきらぼうに答えた。何となく話題を変えた方が良い気がした。 「へえ。じゃあさ、昼飯何食べようか?何処か目星でもついてる?」 「そうだなー。最近、良い感じの喫茶店見つけたんだ。そこでいいか」 「なんて名前の喫茶店?」 「『喫茶・軽食 山田』って店。商店街の外れの古いコインランドリーの二階にあるんだよ。家の洗濯機の調子が悪い時にコインランドリー探すついでに見つけてさ。いつ行ってもガラガラで貸し切り状態なんだよ」 「それは良い感じなんだろうか?」 「知り合いに会う事も無いし、内緒話をするにはもってこい。そして、例のアレはメニューに無い」 「行こう」  食い気味に僕は答えた。
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