第1話 『喫茶・軽食 山田』

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 笹倉の歯科医院から10分程歩いて、僕たちは商店街外れの一際寂れた通りにいた。そこには確かに笹倉の言う通りコインランドリーが存在していた。何年前から存在するのかは分からないが、かつて白色だったと思われる外壁は全体的に黄色く変色していた。その黄ばんだ外壁の隣に、同じく錆が目立つ赤茶けた金属製の細長い階段が備え付けられており、階段の入り口には『喫茶・軽食 山田』と手書きで書かれた黒色の置き看板が立て掛けられている。 「ここですか」 「ここだよ。どうだい?良い寂れ具合だろ?」  何故か誇らしげな笹倉の顔が隣にあった。 「よく入ったな。一人で入る勇気はないわ」  僕は呆れて溜め息をついた。 「そこは、流石俺ってとこさ。ファインプレーって奴だよ」 「……判定は、中に入ってから行うよ」  階段を上がろうと手すりを掴むと、ざらざらとした感触が掌を突いた。それを見届けてから、笹倉が口を開いた。 「剥がれたペンキの欠片が手に付くから、手すりは触らない方がいいぞ」 「……減点だな」  僕は掌にこびり付いた欠片を叩き落としてから、架空のペンとチェックシートを両手に持って減点項目にチェックを入れた。  階段を上がりきると、白く塗られた木製の扉があり、扉の上に手作りと思われる『喫茶店』と彫られた板が打ち付けられていた。そして、扉の右横の壁にはやけに存在感のある『山田』という普通の表札と郵便受けがある。扉には小さなガラスがはめ込まれているが、擦りガラス状で中の様子を伺う事は出来ない。意を決して扉を押すと、扉に付けられた鈴がチリンチリンと小気味良い音をたてた。店内には、四人掛けのテーブル席が四つと十席程度のカウンター席があり、外観から想像するよりもずっと広い。そして前情報通り、昼過ぎにも関わらず客は僕達以外には居ない様だった。店の主と思われる姿も見当たらない。 「ここは、どういうシステムなんだい?」  僕は笹倉の方を見た。 「空いてる席に適当に座れば、マスターが来るんだ」  笹倉が歩き始めたので後に続く。一番奥のテーブル席の窓際のソファに笹倉が座ったので、その向かいの席に腰かけ改めて周りを見渡す。  窓際には、何処の土産か分からない様な三角形のペナントや木彫りの鹿の置物、サーフボードの模型が置かれている。カウンターにはダイヤルを回すタイプのアンティークと化しつつある古びた黒電話があり、カウンター奥の壁側には地デジ化を推進する『地デジカ』が描かれたポスターが張られている。もしかしたら、鹿が好きなのかもしれないと思ったが、その横には去年のカレンダーが平然と掛けられているので、多分無頓着なだけだろう。その奇妙な骨董品に統一感を感じる事は出来ないが、それらは例外なく時代に取り残されており、さも少し昔にタイムスリップしたような錯覚と親近感を僕に抱かせた。そんな事を考えていると、立派な髭を蓄えた白髪の老人がメニューとおしぼり、お冷をお盆に載せてカウンターから現れた。
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