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「いらっしゃい」
そう言いながら、老人はお盆をテーブルの上に置いた。
老人から三つのアイテムを受け取って、おしぼりで手を拭きながらメニューを開く。メニューは6ページあるが、多くの商品が二重線で消されていた。中には丸々全ての項目が消されているページすらあった。一種の清々しさがそこには存在していた。
「おススメは?」
僕は笹倉に聞いたつもりだったが、笹倉の口が開くより先に老人が答えた。
「ハヤシライス」
「……じゃあ、ハヤシライスとアイスコーヒー1つ。笹倉は?」
「クラブハウスサンドとカフェオレ」
老人は伝票に素早く書き記すと、お盆を持ってカウンターに戻った。老人が去るのを確認すると、笹倉が首をかしげていた。
「どうした?」
「いや俺も以前マスターにおススメ聞いててさ、クラブハウスサンドって言われたんだけど……」
「ハヤシライスとクラブハウスサンド両方おススメなんだろ。もしくは生きているメニューは全ておススメなのかもしれない」
半分ぐらい死んでるし。
「……果たしてそうだろうか?」
笹倉は音が聞こえそうな程ゆっくり唾を飲み込んだ。
笹倉の妙な小芝居につられて、僕達は『おススメ料理の謎』と言うべき難題に頭を捻らせていた。実に下らない。結局、『その日、店内にある材料で出来る料理がおススメになるのではないか?』という仮説を立てた時点で料理が運ばれてきて、この話題は中断された。
運ばれてきた料理に、メニューや店内インテリアの様な奇抜さは感じられない。アイスコーヒーとカフェオレで軽く乾杯の動作だけして、お互いに口に運ぶ。美味しい。ハヤシライスを口に運ぶ。牛肉と玉ねぎの甘味が感じられる。こちらもいたってまともな味。笹倉の前の皿に目を向ける。ベーコンや卵焼き、トマト、ローストチキン、レタスが薄切りのパンに挟まれている。かなりボリュームがあり、流石ハヤシライスの約二倍の価格をつけるだけはあるなと思った。
「どうだい?」
クラブハウスサンドを頬張り、笹倉が笑みとパン屑をこぼしながら言った。
「アリだね。美味いよ」
既に僕もこの店を好きになり始めていた。
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