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後半
「ほら、ペセ太くん。これが君が見たかった50年後の世界・・・ ワッ!」
バスガイドのように風景の説明を始めたサダえもんの顔を、何かがかすめて行った。それはペセ太がくり出した右ストレートだ。寸でのところで、その鋭いパンチをかわしたサダえもんが叫ぶ。
「何をするんだ!? 危ないじゃないかっ!」
「おかしいだろ、これ!? なんでぼくがお爺ちゃんになってるんだよっ! そのタイムマシン、欠陥商品じゃないのかっ!?」
Tシャツに半ズボンという間抜けな格好のペセ太爺ちゃんが、両の拳を振り上げながら叫び返した。まるで志村けんが、小学生のコントをしているみたいだ。
「おかしくなんてないだろ? ちゃんと50年後に来てるじゃないか。シュッシュッ・・・」
続けてくり出されてくるかもしれないパンチに備え、サダえもんはボクサーのようにガードを固め、華麗なフットワークでシャドーボクシングのように拳を出す。
「いや、そうじゃなくって! なんでぼくが50歳も年取ってるんだよって話だよ! 普通に歳食ってんじゃん! これじゃただの老化だろっ! 年取っただけの50年後じゃないか!」
「だから、その50年後に来たんだろ? 何が問題なんだい?」
彼が何を言っているのか、サダえもんには本当に判らないようだ。
「あれぇ? おかしい? ぼくの言ってることがおかしいのか?」ペセ太爺ちゃんは混乱している。「妙だな・・・ そっか、50年後だから61歳になっているのは当たり前・・・?」
「そうだよ。何を言い出すかと思ったよ。まったく」
「ふぅ~」と額の汗を拭うような仕草で警戒を解くサダえもん。しかし突然、その首にペセ太爺ちゃんが飛びついた。人間の小さな手でカバの太い首を絞めるのは、全くもって無理が有るのだが、それでも彼はサダえもんの首を前後に揺すりながら、懇願するように言う。
「いやいや、やっぱりおかしいだろ! それじゃぁタイムマシンの意味が無いじゃないか! 11歳のピチピチした身体で来てこそ、タイムマシンの価値が有るんじゃないか! こんな年寄りになって来てどうするんだよっ!?」
首をグラグラさせられながら、サダえもんが返した。
「そんなことは無いよ。今の年齢が何歳だろうが、君がいた現代から見れば50年後の世界を、つまり61歳の君を見られるんじゃないか。目的は達成できてると思うけどな」
ペセ太爺ちゃんは、今度は腕組みをして考え込み始める。歳を取っているので違和感が無いというか、妙に堂に入っている。ただしTシャツに半ズボンだ。
「うぅ~ん・・・ なんだか違う気がする。騙されているような気がする。根本的に間違っているような気がするのは何故なんだ?」
「何も間違ってはいないと思うぞ」
サダえもんは人差し指を立てるような仕草で言うが、相変わらず何処に指が有るのか判らない。
「いやいや、放っておいたって50年後にはこの状態になるんだろ? それってタイムマシンを使ってまで見に来る必要が有るのか?」
「君が自分の将来に不安が有るって言ったんじゃないか。そもそも君は・・・」と言いながらサダえもんは歩き出した。
仕方なくペセ太爺ちゃんは、その後に続く。
「・・・と言うか、世の中の人はタイムマシンに幻想を抱き過ぎなのさ。それは安直なSF映画とかの弊害なんだろうけど。
考えてもごらん。人間の一生は、生物としての寿命の年数でしかない。その限界を超えた時間帯に、生命活動を持続したまま移動出来る筈なんて無いのさ。たとえタイムマシンを使って瞬時に移動したとしても、そこには圧縮された時間の経過が内包されている。だから寿命を越えた遠い未来に有機生命体が時間旅行するなんてことは、決して有り得ないわけ。
当然だけど、君は自分が生まれる前の過去に飛ぶことも出来ない。だって君は、その時代には存在していないんだからね。
自分だけが時間の流れという根源的な束縛から解放されるなんて、都合の良い話は無いってことさ。それが命というものの、本質的な在り方なんだよ」
ペセ太爺ちゃんは目を細めて、胡散臭い物を見るような目つきだ。
「また突然、ヘビーな話を始めたねぇ。この小説を読んでいるちびっ子には、ちょっと難し過ぎるんじゃないか?」
「いやいや。ちびっ子はこんな小説投稿サイト見てないだろ?」
「こんなとは何だ、こんなとはっ!? サイト運営側の人が読んでいたらどうするんだ、バカっ!?」
闇雲に拳を振り回すペセ太爺ちゃんに、頭を抱えながらサダえもんは続けた。
「とにかく、ただでさえ今の日本人は活字離れが激しいんだ。本を読むという美徳を失った世代が、どんどんと大人になってゆくことを考えると、ぼくは背筋が凍る想いがするよ」
「だから話が難し過ぎるって。ワッ・・・」
そう言ったペセ太爺ちゃんは、突然立ち止まったサダえもんの背中にぶつかって、尻餅を突きそうになってしまった。その拍子にサダえもんの武骨な後頭部に顔面をぶつけてしまい、彼は鼻を押さえながら不平を言う。
「何だよ、突然立ち止まったりして。鼻血が出たらどうするんだよ。今は若くは無いんだから、怪我したら治りが遅いんだぞ、自慢じゃないけど。少しは年配者を労われ、このポンコツロボットめ!」
年を取ったからなのか、やたらと口が悪い。と言うか、自分が年寄りであることを普通に受け入れていることには、全く気付かないペセ太爺ちゃんなのであった。
そんな年寄りの戯言など無視するかのように、サダえもんが前方を指差した。だから、何処に指が有るんだか判らないって言っているのに。
「あれが50年後の君の家だよ」
ペセ太爺ちゃんが息を飲んだ。
「えっ・・・ あれが?」
「ぼくが知っている君の50年後とは、何も変わっていないように見えるけど・・・ どうする? 本当に見たい? どうなってもぼくは知らないよ」
「な、なんだよ。怖いこと言うなぁ」
61歳になっても、ビビり癖だけは健在のようだ。
「君自身が言ってただろ? それって、本当にタイムマシンを使ってまで見る必要が有るのかって」
「・・・・・・」
「結局、人間は限られた時間の中でしか存在できない。それが長いのか短いのか、ロボットのぼくには判断できないし、それをどう感じるかは本人次第だよ。
その『時間』という制約の中で未来を見るということは、小説の結末だけを先に読んでしまう行為と同じという気がするんだ。それを知ることによって、何かのプラスに働く可能性は、勿論、有るんだけど、マイナスになる可能性だって有るだろ? さぁ、どうする?」
「うぅ~ん・・・ 確かにそうだね。どっちに転ぶか判らないけど、それを見てしまうことで、自分の人生がつまらないものになっちゃいそうな気がするよ。4コマ漫画のオチを先に読んじゃうみたいなものだもん」
「4コマって・・・ 随分と短い人生だね」呆れ顔のサダえもん。
「判ったよ。やっぱり見るのはやめとくよ。きっと良いことも有るし悪いことも有る。楽しいことだけじゃなく、悲しいことも有る。
それらの積み重ねが未来なんだよね? そんな色々な、小さな想いの結果がぼくの将来なんだよね? これからのぼくの人生から、そういった『ワクワク』が消えちゃうなんて耐えられないよ」
「そう? だったら現代に戻るけどいいかな?」
そう言ってサダえもんは、例のタイムマシンを再び取り出した。
「うん。50年前に帰ろう」
サダえもんがタイムマシンの年ダイアルを、マイナス50に設定してボタンを押した。すると先ほどと同じように、周りの景色が塗り過ぎたペンキのように流れ出す。それが螺旋を描きながら、どんどんと一点に吸い込まれてゆくと、二人の身体もそれに飲み込まれていった。
「ボンッ」という音と共に、何もない空間に忽然と二人の姿が現れた。そしてドサリと畳の上に落ちる。サダえもんは辺りを見回し、間違いなく現代に戻ったことを確認した。棚の上のフィギュアなど、無駄な物に溢れる慣れ親しんだペセ太の部屋だ。
「ペセ太くん。無事、現代に戻って来た・・・ ゲッ!」
サダえもんは思わず「シェーッ」のポーズをした。何故ならば、そこにいたのは111歳になる、ヨボヨボのお爺ちゃんペセ太だったからだ。
「サダえもんや・・・ わしゃぁ、飯は食うたかのぉ?」
「あわわわわ・・・ ご、ごめん、ペセ太くん! やっぱりこのタイムマシン、欠陥商品だ!」
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