1人が本棚に入れています
本棚に追加
第六話:ウィッチズ・ブルーム
前半
「はぁ~、鳥はいいなぁ・・・ 何処にだって自由に飛んで行けるんだもんなぁ・・・」
窓の外を飛び交う雀を眺めながら、相変わらずやる気の無い態度マックスで、ペセ太は畳の上でダラダラし通しである。土日のサラリーマンだって、もう少し張りの有る生活をしているぞ、と言いたくなる程の醜態を晒す小学生とは、ある意味、貴重なのかもしれないが。
ペセ太はピョコンと身体を起こし、思い出したように声を上げた。
「ねぇ、サダえもん? サダえもんってばぁ? 居ないのぉ?」
押し入れの中を覗いても、畳をひっくり返してみても、サダえもんの姿は無かった。部屋の隅に移動させた椅子の上に乗って、天板を押し上げて天井裏を覗いてみても、やはりそこにサダえもんの姿は無いようだ。
ついでに戦場ヶ原ひたぎのフィギュアを持ち上げて、そのスカートの中も覗いてみる。そんな所に居るわけが無い。
「あれぇ。おかしいなぁ・・・ 何処にいっちゃったんだろう」
その時、ペセ太のダサいメガネが、何かの悪戯を思い付いた時のようにキラリと光った。何度も言うようだが、この男、悪知恵だけは働くのだ。
「折角、お寿司買ってきたのにぃ~。サダえもんが居ないんじゃしょうがないや。ぼく一人で食べちゃおうっかなぁ・・・」
すると突然、ペセ太の衣装棚の一つが開き、その中からサダえもんが顔を出した。その大き過ぎる顔とは対照的な、小さくてカワイイ耳にはパンツが引っ掛かっている。
「呼んだかい?」
「ワッ!」
意外な所から出て来たサダえもんに驚いたペセ太は、思わず尻餅をついて文句を言う。
「何だよ! やっぱり居たんじゃないかっ! お寿司に釣られて、現金な奴だなぁ」
「別にそういう訳じゃないけど・・・」
「ってか、何を頭に乗せてるんだよ!? それ、僕のパンツじゃないぞっ!
???! ちょ、ちょっと待った! そ、そ、それってもしかして、女物じゃないか!?」
「あぁ、これか」
「こここ、これかじゃないよっ! 何やってるんだよ、サダえもん! それは、犯罪行為だぞ! やっちゃいけないことなんだぞ! お巡りさんに捕まっちゃうんだぞ!
てか、そんな物をぼくの衣装棚に入れるんじゃないっ、この変態野郎! ぼくが下着泥棒で捕まっちゃうじゃないかっ! どうしてくれるんだよっ! バカバカバカッ!」
唾を飛ばして叫ぶペセ太。サダえもんは、その必死の抗議が終わるまで、飛んでくる唾を避けながら渋い顔だ。
そして、あまりに叫び過ぎて酸欠状態になったペセ太が言葉を失い、肩で息をするのを見たサダえもんが、ようやく口を開いた。
「心配には及ばないよ、ペセ太くん。これはママさんのパンツだから」
「そうか! そうだったのか。なぁ~んだ、それを早く言ってよ。それなら安心だ・・・ ってなるわけ無いだろ、バカッ!」
サダえもんのチョロチョロ毛の生えた頭を思い切りポカリとやったペセ太は、その分厚い人工皮膚に跳ね返されて、逆に痛い思いをしたわけだが、今はそれどころではない。自分の衣装棚から、母親のパンツが出て来た時の、修羅場を想像しただけで身の毛がよだつ想いだ。
「ママのパンツだからって、イイわけ無いだろっ! むしろ、ピンチじゃないかっ! 逆に致命的じゃないかっ! もう、ぼくの人生、終わったも同然じゃないかっ!
わぁ~ん、バカバカ~。サダえもんのバカ~・・・ このカバ~~」
「なんだがどさくさに紛れて、酷い悪口を言われてるような気もするんだが・・・」
畳の上にひれ伏して泣き崩れるペセ太に、サダえもんが歩み寄る。そして彼の肩に手を添えながら言った。
「大丈夫だって言ってるだろ。これはぼくの不思議アイテムを使ったんだよ」
「ホントに? 盗んで来たんじゃないんだね?」
「盗むかっ!」
今度はサダえもんがポカリとやった。そうして出来たタンコブをさすりながら、ペセ太が問う。
「じゃぁ、どんな不思議アイテムを使ったんだよぉ? ぐすん・・・」
泣きべそ状態のペセ太が、畳の上にチョコンと正座して聞くと、サダえもんが例の大口を開けてアイテムを取り出した。
「チャッチャチャ―――ン! クローゼット・トンネル~っ!」
「クローゼット・トンネル?」
それは何の変哲も無い、消しゴムほどの立方体だった。別に、目盛りやスイッチが付いている訳でもない、ただの小さな金属の箱だ。
「そう。君の衣装棚にこの装置を取り付けるんだ。そうすると、知っている人のクローゼットや衣装棚、衣装ケースなんかと異次元で結び付けて、瞬時に移動できるんだよ。
ただし、こちらが一方的に知っているだけの人・・・ 例えばテレビで観る芸能人とかのクローゼットには繋がらない。あくまでも、お互いに知っている人同士っていう制約は有るんだけどね」
「へぇ~。そりゃ便利ではあるけど、そんな物が必要なのかい?」
「何を言っているんだい、ペセ太くん。未来では時間は貴重な天然資源とすら言われているんだ。単に移動する為だけに費やされる時間なんて、無駄でしか無いだろ? ほんのチョットでも時間が節約できるなら、それに越したことは無いじゃないか。
無論、遠くに旅行する場合など、その移動過程そのものが目的である場合などは、その限りではないけどね」
「いや、ぼくが言っているのは、クローゼットである必要は有るのかい、って話だよ。なんでわざわざクローゼットなんだい? そんなんだから、間違ってママのパンツが耳に引っ掛かって・・・」
突然、目を剥いて固まったペセ太に、サダえもんが心配そうに声を掛けた。
「ど、どうしたんだい、ペセ太くん? 大丈夫かい?」
驚いているかのような表情で、恐る恐るペセ太が問うた。
「確か今、知っている人のクローゼットなら・・・ 繋げられるって言ったよね?」
「そ、そうだけど・・・」
ペセ太の尋常じゃない様子に、サダえもんがゴクリと唾を飲み込んだ。
すると今度は、ペセ太の顔がニヘラ~ッと、不気味な笑みを湛える。
「じゃ、じゃぁ、ココからしのぶちゃんのクローゼットにも行けるのかい?」
「も、もちろん行けるけど・・・」
何だか嫌な予感がするサダえもんは、眉間に皺を寄せて身構えた。ペセ太がこの顔をした時は、いつだってロクなことにならないのだから。
そして最後に顔を紅潮させたペセ太が、鼻息も辛く興奮した様子で聞く。
「じ、じ、じゃぁ、シャブ子ちゃんの衣装棚とかにも行けるんだね!? シ、シシシ、シャブ子ちゃんの下着に埋もれて、ワハ、ワハ、ワハハ・・・」
「しつこいなぁ。行けるって言ってるじゃないか・・・
!!! どうしたんだいっ、ペセ太くん! しっかりしろっ!」
鼻血を吹き出しながら卒倒したペセ太に、急いで駆け寄るサダえもん。幸せそうな顔で気を失いつつあるペセ太を抱き起しながら、サダえもんが叫んだ。
「気を確かにっ、ペセ太くんっ! どうせ死ぬなら、シャブ子ちゃんの下着を見てからにしろ―――っ!」
「ウヒ、ウヒウヒ。ホエホエホエ・・・」
どうやらペセ太は、もうこの世に未練は無いらしい。
「いかん! 想像しただけで幸せ過ぎて、半分、死にかかっているっ! このままでは、戻って来られなくなるぞ!」
その時、サダえもんの耳に引っ掛かっていたママさんのパンツがハラリと落ち、それがペセ太の顔を覆った。その瞬間、虫の息だったペセ太の身体がピクリとしたかと思うと、フッと力を失う。それと同時に、宙に伸ばしていた右腕はバタリと崩れ落ち、それっきり彼は動かなくなった。
サダえもんはそんなペセ太を、その腕に抱きながら宙を見上げて咆哮した。
「うぉぉぉ―――っ!!!」
そして涙を流しながら、こう叫んだのだった。
「まだ逝くな―――っ! こんな最期で満足なのかっ、ペセ太くん! それはシャブ子ちゃんのパンツじゃないぞ―――っ!」
後半に続く・・・
最初のコメントを投稿しよう!