第一話:四次元畳

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後半  「で? ぼくがこれから先、助けて貰わなきゃならない程の困難にぶち当たるって認識でいいのかい? なんだか怖い気もするんだけど・・・」  ペセ太の部屋の床に向かい合わせで座り込みながら、二人は話し込んでいた。  「うぅ~ん・・・ 別に大した困難なんて訪れないよ、君には。絵に描いたような平々凡々。何事も無く年老いてゆくだけさ。全くもってつまらない人生を送ることが解かっているんだけどね」  グレーの身体に大きな口とつぶらな瞳。その頭のサイズに比べ、小さすぎる耳は可愛くチョコマカとよく動く。カバ型ロボットと言われればそんな感じもするが、どことなく正体不明だ。心の中に沸々と湧き上がる、未来人のデザインセンスに関する疑問はとりあえず横に置いておいて、ペセ太は質問を続けた。  「なんかスッゴク腹立たしい気がするけど・・・ だったら助ける必要なんて無いじゃないか」  そんなペセ太の心中を知る由もなく、サダえもんは右手を掲げて言う。多分、本人は人差し指を立てているつもりなのだろうが、そもそもカバにそんな芸当が出来るはずも無い。  「まぁね。でも、一度しかない人生を、何も考えずに無駄に過ごすのは良くないってことじゃないのかな? 未来の君は、自分のそういった半生を振り返って、ある意味、後悔したんじゃないか? だから伝手(つて)を使ってまでして、ぼくを過去に送り込んだんだよ」  「いいじゃないか、ぼくの人生なんだから。それをどう生きようが、人からとやかく言われる筋合いは無いね。ってか、何も考えないとか無駄とか、随分と言いたいこと言ってくれるじゃないか?」  口を尖らせて不満を表明するペセ太にも、サダえもんは動じない。  「ぼくが言ってるんじゃないよ。未来の君自身が自分の人生を評価した結果だから。怒るなら自分に怒りなよ。ほら、よく言うじゃないか。『後悔先に立たず』ってやつさ」  「ふん」ペセ太はすねたように鼻を鳴らした。「未来の人はこれから先に何が起こるか知ってるんだろ? それってつまり、テストで解答用紙を先に見ているようなもんじゃないか。大人が子供に向かって『いずれ解かる』みたいなこと言うのと同じじゃないか。なんかズルくないか?」  「そんなこと言われても・・・」  「なんだかムカムカしてきたぞ。この怒りをぶつける相手は、やっぱり君しか居ない気がする」  「君は自分が間違っていることに気付けよ」  「まぁ、いいや。それで? この平々凡々なぼくを、どう助けてくれるんだい? どうやってぼくの人生を、有意義で光り輝くものにしてくれるって言うんだい?」  ペセ太は薄く開いた目でサダえもんを()め付ける。  「随分と根に持ってるなぁ・・・ 先ずは勉強だね。君の勉強嫌いをなんとかして克服しなきゃならない」  「なんだよ、それ!? それじゃぁママと同じじゃないか! そんなんだったら、わざわざ未来から来て頂かなくても結構! 今でも耳にタコが出来るくらい聞かされているよっ! サダえもん! 君にはがっかりだ! あぁ、がっかりだ!」  三門芝居のように大袈裟に落胆するペセ太に、サダえもんは言った。  「もちろん、君の努力が大前提なんだけど、それを補助する為のツールをぼくが提供することで、君をサポートできるんだ」  「ツール?」  「そう。ぼくが未来から持ち込む、その名も『不思議アイテム』だ!」  「それって、ひみつ道・・・」  「ワ――――ッ! ワ――――ッ! それを言っちゃダメ!」  手足をばたつかせながら、いきなり大騒ぎを始めたサダえもんに目を丸くするペセ太。  「な、なんだよ、いきなり」  「それは藤子・F・不二雄先生しか使っちゃいけないの! 大人の事情なの! 世の中には色々面倒なキマリが有るのっ!」  「面倒臭いなぁ・・・」本当に面倒臭そうなペセ太。「じゃぁ、その不思議アイテムとやらを使えば、ぼくがテストで100点取れたりするわけ? 例えば『分数の計算が出来るようになる薬』とか『跳び箱五段が飛べるようになる人体改造装置』とか?」  「まぁ、簡単に言うとそんなところだけど、そういう私利私欲にまみれた使い方は推奨されていないんだな、これが」  「小学生に向かって『私利私欲にまみれた』は言い過ぎだよ」  ペセ太の苦情に反応する様子も見せず、サダえもんはさっさと話を切り上げるつもりのようだ。先ほど自分が出てきた畳を持ち上げながら言う。  「ってことで、今日から宜しくね。何か有ったら呼んでくれれば、ぼくはいつだって現れるから。それじゃ」  「ちょっ、ちょっと待ってよ、サダえもん! まだ聞きたいことが色々有るんだから!」  「聞きたいこと?」畳を持ち上げた姿勢のまま、サダえもんは止まった。  「そうだよ。君がどんな機能を持ったロボットなのか、とか。どんなひみつ道・・・ じゃなかった、不思議アイテムが有るんだとか、色々判らないことだらけだよ。そもそも君はロボットなんだから、動力源が有るわけだろ?」  「まぁ、そういうことになるけど・・・」  「だったらその燃料代とか、維持経費に掛かるコストが幾らほどになるのかとか。ぼくの家の家計に直結する大問題じゃないか。自慢じゃないど、ぼくのパパは安月給なんだぞ。参ったか!? わっはっは」  腰に手を当てて上から目線で見下ろすペセ太に、サダえもんは呆れ顔だ。  「君が何故、それを自慢しているのかは判らないけれど・・・  経費に関しては気にしなくても大丈夫さ。ぼくの中には小型の核融合炉が内蔵されているから、燃料は水素。つまり水を電気分解した際に発生する気体だよ。だから、燃料費はタダみたいなもんかな。メインテナンスに関しても、現代の科学では歯が立たないから、未来に帰って行うよ。だから費用面は心配しなくてもいい。ただ・・・」  「ただ?」  「ぼくの大好物は『握り寿司』なんだ。時々食べさせてくれれば、より調子良く機能を発揮することは請け合いだね」  「そんな高いもの、食べさせられないよ~。小学生のお小遣いが幾らだと思ってるんだよ。普通は『どら焼き』とかじゃないの、こういった時は?」  「しょうがないだろ、好物なんだから」  「ねぇ『巻き寿司』じゃぁ、ダメ? かんぴょう巻きとかかっぱ巻きとかさぁ。あっ、お稲荷と太巻きがセットになった・・・ 『ひょうろく寿司』だっけ? あれじゃダメなの?」  「それは『助六寿司』だろ? あれじゃぁ、ぼくの機能を100%発揮することは出来ないなぁ」  「じ、じゃぁ、コンビニの握り寿司セットでもいい? ぼくが提示できる条件は、そこが限界だ」  「しょうがないなぁ、それで手を打とうか。じゃぁ、詳しいことは、取扱説明書を机の上に置いておいたから。熟読しておいてね。んじゃぁバイバ~イ!」  「あっ、ちょっと待ってってばぁ!」  手を振るサダえもんが床下に吸い込まれて見えなくなると、パタンといって畳が元の位置に収まった。ついでにブワリと埃が舞い上がる。そして静寂が訪れた。呆然とするペセ太は「ケホケホ」と咳き込みながら、自分のほっぺをつねってみる。  「イテテテテ・・・ やっぱり夢なんかじゃなかったんだ・・・」  部屋の中を見回してみれば、確かに棚のフィギュアは倒れている。地震 ──のようなもの── が起きたのは間違いないらしい。相変わらずのデグレチャフ少佐は、戦場ヶ原ひたぎの下着の色に興味が尽きないようだ。そして床に転がる鉛筆を拾い上げ、ふと机の上に視線を向けてみると、そこに分厚い電話帳のような取扱説明書の存在を認めた。  「こんなの、読めるかぁ―――っ!」
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