第五話:タイムマシン

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第五話:タイムマシン

前半  「ムムムムム・・・」  部屋の中央で胡坐をかいたペセ太が、何やら難しい顔をしながら腕組みをしていた。  「ムムムムム・・・ ムムムムム・・・」  その姿を見たサダえもんは全くもって気が乗らなかったが、それでは話が進まないので仕方なく聞いてみる。どうせロクなこと考えてないに違いないのだが。  「いったい、どうしたんだい、ペセ太くん? 難しい顔をして、何か悩み事でも・・・ あっ、判った! しのぶちゃんに『○理が来ないの』とか言われたんだな?」  「バカ――ーーッ! ぼくはまだ小学生だぞ! 何てことを言うんだっ!?」  真っ赤な顔をして拳を振り回すペセ太の攻撃を避けながら、サダえもんは続けた。  「じゃぁ、何を悩んでいるんだよ? また馬鹿々々しいこと考えてたんじゃないのか?」  「ふんっ! 君にはぼくの悩みなんて判らないさ。ぼくは今、全集中を超越した、無我の境地に達していたんだから」  「それって、ただの現実逃避じゃないか? バカバカしい・・・」  やっぱり聞いて損したと思ったサダえもんがそっぽを向いて、再びホロホロコミックを読み始めると、ペセ太が慌てて擦り寄って来た。  「そんなつれないこと言わないでよ~、サダえも~ん。それでも友達かい? 友達なら『どうしたんだい?』の一言ぐらい有ってもいいだろ?」  「だからさっきから、どうしたのかって聞いてるじゃないかっ! 人の話を聞けよ!」  遂にサダえもんの方が爆発した。  「あぁぁぁ、頭に来るっ! すっごい頭に来るっ! 君と話してるとやたらと腹が立つのは、ぼくのせいなのか? ぼくが悪いのか? それとも君は、人を怒らせる才能が豊かなのか?」  「まぁまぁ、そんなに怒らないでさ」サダえもんの怒りを、軽く受け流すペセ太。「ぼくは今、自分の将来について悩んでいるんだよ」  「将来だって?」  ペセ太の口から意外な言葉を聞いて、サダえもんが目を丸くした。  「そう、将来さ。ぼくはこれから先、どんな大人になってゆくんだろうって考えると、心配で心配で、ご飯が三杯しか喉を通らないんだ」  「それは何も心配していない証だぞ。どの口が言ってるんだ? って言うか、君の将来が心配なのはこっちの方だよ、まったく・・・」  怒る気力も失せたサダえもんが呆れ顔で言うと、ペセ太が例によって、両手を顔の前で合わせた。いつものヤツである。  「ねっ。お願いだから何か秘密道・・・ じゃなかった、不思議アイテム出してよ。お願いっ!」  「・・・・・・」  秘密道○という言葉だけは、サダえもんの前で口にしてはいけない。どうやらサダえもんのが使うツールをそう呼ぶらしいのだが、詳しい話はここでは避けるべきだろう。  これを読んでいるちびっ子諸君も、細かいことは気にしないように。  「ねっ! お願いだってば!」  「じゃぁ、ぼくの好物の握り寿司で手を打とうじゃないか。『梅』じゃだめだからね。最低でも『竹』だからね。助六寿司は論外だよ」  ヘソを曲げてしまったサダえもんが交換条件を提示した。  「えぇ~。この小説、ちびっ子たちが読んでるかもしれないんだよ。そんな条件を出すのは、ちょっと世知辛過ぎないかい? 嫌らしい大人の事情みたいだ。子供たちの教育に悪影響が有るよ、きっと」  「嫌らしいとは何だ!? 嫌ならいいよ、勝手にしな。君は悩みながら、アホみたいにご飯を三杯食べ続ければいいさ」  「そんなこと言わないでさ。判ったよ。『竹』で手を打つよ。だからお願い」再び拝み倒すペセ太。  「しょうがないなぁ・・・」  サダえもんが、大きな口の中に手を突っ込んで、電子時計のような物を取り出した。  「チャッチャチャ―――ン! タイムマシーン!」  「えぇっ! タイムマシンだって!? 鉄板アイテムじゃないかっ! な~んだ、サダえもんだってやればできるじゃないか!」ペセ太が跳び上がった。  「その言い方、なんか腹立たしいぞ」  「ね、ね。どうやって使うの、それ?」  「どうやって使うも何も、自分の行きたい年を入力してボタンを押すだけだよ。未来にも過去にも行ける」  それは見た目はただの数値表示機でしかなく、そのあまりにもシンプルな外観に、タイムマシンとしての機能が本当に実装されているのか不安になる程である。  「不思議アイテムを使って君の将来を作為的に変えることは出来ないけれど、これで未来を確認することは可能だろ。その姿を見て、君が現在の行動を変えれば、必然的に君の将来も変わって来るってことさ」  「な~るほどね。でもそれって、ちょっと怖くないかい?」  「怖い?」  「そうだよ。もし未来のぼくが、物凄く落ちぶれた生活をしていたらどうしよう。例えば、そんな厳しい現実を突きつけられたりするんだろ?」  またしても思案顔で腕組みをするペセ太。確かにそれは、誰もが躊躇したくなる要素ではある。だが未来から来たサダえもんは、時の流れに対し、また違った解釈を持ち合わせているようだ。  「もしそうであっても、そうならないように、今の生き方や考え方を変えるモチベーションとして、未来を確認するんじゃないか。  未来は現在の延長線上にある。つまりそれは確定事項ではなく、今の君次第で如何様にでも変えることが出来る可能性の塊なんだ。それを見ることを恐れる必要なんて、全く無いと思うよ」  「ま、まぁ、言ってることは判るけど・・・ じゃぁさ! 逆にぼくが億万長者になっている可能性だって有るんだよね? ケネ夫よりも物凄い大金持ちに!」  「その可能性は否定するものではないけれど、かなり望み薄なんじゃないか?」  「なんでだよっ!? ってか、君は未来から来たんじゃないか。だったらぼくの将来がどうなるか知ってるってことだろ?」  「あぁ、知ってるよ。でもそれは、ぼくが現れる前のペセ太くんの将来さ。ぼくとの関りを通して君に何らかの変化がもたらされたとしたら、今の君の将来はぼくが知っているものとは違ってくる可能性が高いんだ。つまり未来とは、常に流動的に変化しているものなのさ」  「ふぅ~む。だんだん解かって来たぞ」  再び腕組みを始めたペセ太だが、その顔がニヤついているのはロクでもないことを考えている証拠だ。  「じゃぁシャブ子ちゃん(シャブやんの妹)がぼくのお嫁さんになる可能性だって有るんだね? あんな美人が奥さんだったら、毎日がウキウキだぞ。ウッシッシ・・・」  いや、今のところ君の将来のお嫁さんはしのぶちゃんだよ、と言おうとしたサダえもんだったが、寸でのところでその言葉を飲み込んだ。だって未来のペセ太は、完璧にしのぶちゃんの尻に敷かれて ──それは今と変わらないとも言えるが── 全くもってうだつの上がらないトホホな毎日を送っていたのだから。  その代わり、こう言うに留めておく。  「ま、まぁ、可能性は無限大ってことさ」  「じゃぁ、今のぼくが11歳だろ? 取りあえず9年後、つまりぼくが成人する頃はどうなっているか見に行こうよ!」  「うぅ~ん・・・ 残念だけど、それは出来ないんだ」  申し訳なさそうに言うサダえもんに、ペセ太が食ってかかる。  「えぇっ、なんでだよ? タイムマシンじゃないのかよ?」  「確かにこれはタイムマシンなんだけど、『月』も『日』も『時間』も指定できないんだ。唯一設定可能な『年』は、50年おきにしか設定できない」  ほら、とサダえもんが差し出すタイムマシンには、確かに『年』設定ダイヤルしかなく、しかも50刻みでしか選択できなかった。  「なんだこれっ!? それじゃぁ選択肢は50年後、つまりぼくが61歳になった時にしか行けないわけ?」  「100年後には行けるよ」  「111歳のぼくなんて、ただの死体じゃないかっ!」  「そんなことは無いさ。これからどんどん医療技術が進歩して、未来の世界には100歳を超える人がいっぱいいるんだから。人生100年時代の到来さ。わっはっは」  「だからって111歳じゃ、もう殆ど人生が終わってるだろ! あぁぁぁもういいよ! 50年後でいいから見に行こうよ!」  「判ったよ。多分、ぼくの知ってる君の未来と、さほど変わってはいないと思うけど。君が見たいと言うなら行ってみようじゃないか」  そう言ってサダえもんは、タイムマシンの年設定を50年後とし、ボタンを押した。  すると部屋の景色がグニャリと変形し、それに飲み込まれてゆく二人。そして何だか途轍もない速度で、身体が空間移動を始めたような不思議な感覚に襲われたのだった。  ペセ太は西部劇のカウボーイよろしく奇声を上げた。  「イィィィィヤッホ―――ィ! 50年後に向かって出発だぁ――っ!!!」  後半に続く・・・
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