第一話:四次元畳

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第一話:四次元畳

前半  「あぁ~、面倒臭いなぁ~。なんで勉強なんてしなくちゃいけないんだろう?」  ペセ太は自宅の二階にある、自室の畳の上でダラダラしていた。半ズボンに白いソックスと黄色いTシャツ。その胸には『FUCK!』の文字が躍る。その挑発的なシャツに比べ、本人は ──その顔も性格も── いたって大人しく、眼鏡を掛けたイケてない小学生の見本のような子供だ。  左足は膝を九十度に折り曲げ、その膝がしらに右足を乗せて宙に4の字を描くような姿勢。両手は頭の後ろで組まれ、やる気の無いことこの上なし。学校の宿題をする気も起きず ──と言うか、ペセ太が宿題をしたことなど殆ど無いのだが── ただ自分の怠惰を肯定する屁理屈をこねるのに全神経を集中していたと言ってよい。  「勉強なんかしたってさ、結局、世渡りの上手い奴がいい思いをするだけじゃん。この世の中ってそういうもんだし、正直者はバカを見るって言うし、苦労や努力が報われるなんて、ただの幻想だよね」  確かにペセ太の言う通りではあるのだが、彼はこの世の中を達観してそう言っているわけではなく、ただ単に勉強をしたくない一心で、自分に都合の良い世の中の真実を、しかもその一側面のみを取り上げて主張しているに過ぎない。そういう奴に限って、大人になって社会の底辺に燻り、それを他人や世の中のせいにして(いわ)れの無い憎悪を周囲に向けるものなのだが、自分がそういった下衆な人間にまで転落する可能性も有るという想像力は働かない。  「パパなんてそこそこ有名な大学を出てるのに、結局、ペーペーの平社員のまま役定(役職定年)の歳になっちゃったもんなぁ・・・ あんなに一生懸命勉強して大学行って、会社でも頑張ってたみたいだったのに、最後はどうでもいい仕事を押し付けられて・・・ はぁ、嫌だ嫌だ」  ペセ太はゴロンと横になって、肘枕をしながら窓越しに見える初秋の澄んだ空を見上げた。そこには様々な形をした雲が悠然と泳いでいて、青を背景に自由に形を変えながら流れていた。たった今、鳥のような形をしていた雲も少し目を離すと、いつの間にか自転車の形をしていたりして、まるで、この世を謳歌しているかのようにペセ太を見下ろしている。何にでもなれる。何処にだって行ける。雲は自由の象徴だ。  「はぁ~・・・ 雲はいいなぁ・・・」  ペセ太が溜息交じりの息を一つ吐くと、あたかも、それを待っていたかのように家が揺れ始めた。  ゴゴゴゴゴ・・・   「わわわわ・・・ 何だ何だ? 地震か?」  室内の家具がガタガタと音を立てた。部屋の中央で天井からぶら下がっている照明も揺れていて、長年溜め続けた埃をパラパラと降らせている。机の上のペン立てはひっくり返り、コロコロと転がった鉛筆が床にまで落ちてきた。棚に飾られたデグレチャフ少佐のフィギュアは転倒し、隣でポーズをとる戦場ヶ原ひたぎのフィギュアの、短すぎるスカートの中を下から覗き込んでいるかのようだ。それを購入した当時のペセ太が、よくそうしていたように。  しかし、思わず窓の外を見たペセ太は、三羽の雀が何事も無いかのように電線の上にとまっているのを認め、違和感を覚えたのだった。  「あれ? 揺れているのはこの家だけなのか?」  雀たちはチュンチュンと忙しなく(さえず)りながら、世間話に花を咲かせて続けている。飛び立つことも無しにだ。  「???」  事態を飲み込めないままのペセ太が、四つん這いになって揺れる床にしがみ付いていると、目の前の畳が一枚、メリメリという不快な音を立てながら浮き上がったのだった。  「あわわわわ・・・ た、畳が・・・」  そして、あらゆる物理の法則を無視するかのように、その畳が三十センチほど持ち上がると、その下から得体の知れない何かが顔を出した。  「チャッチャチャ―――ン! ぼくサダえも・・・」  ペセ太は思いっ切りその畳の上に乗った。今は地震の一大事だ。畳の下から出てきた、訳の分からないものに構っている暇は無い。お陰で浮き上がっていた畳はペタンと元に戻り、ペセ太の懸案事項は再び地震だけとなった。  「地震だ、地震だ! こんな大きな地震、初めてだ!」  すると今度は、別の畳が持ち上がった。またアイツが顔を出す。  「チャッチャチャ―――ン! ぼくサダ・・・」  プールに飛び込む競泳選手のように、その畳の上にダイブするペセ太。その際、畳の下の奴の首が、グキリと嫌な音を立てたような気がしたが、聞こえなかったことにしておこう。とにかく今は地震だ。  「この分だと、また大きな津波が来るかもしれないぞ! 大変だぁ!」  しかし今度は、ペセ太が乗っている畳がド―――ンッと持ち上がり、その弾みで彼の身体は部屋の隅にまで吹き飛ばされてしまったのだった。そしてその下から、鬼の形相の何かが飛び出した。  「いい加減にしろ、コノヤロ――ッ!」  その殺気立った顔つきを見たペセ太は、目を丸くした。そして正座したまま身体を前に伏せ、両手を合わせたのだった。  「悪霊退散! 悪霊退散! 南無阿弥陀仏――ッ!」  「誰が悪霊だっ!? バカッ!」  「へっ?」  我に返ったペセ太は、地震が収まっていることにも気付く。  「あれっ? 地震が止まってる」  「地震じゃないよ。ぼくが出てきたからさ。この部屋の畳は、四次元畳になっているんだよ」  「四次元畳?」  「そうさ。この畳を使えば、過去現在未来、どんな時代にも行くことが出来るんだよ。君の大好きな恐竜の時代にも・・・」  「テメ―――ッ! 人の家の畳に、何してくれてんだっ!?」  ペセ太はその意味不明な奴の首を引っ掴んで、グィグィと揺する。それに合わせてそいつは、頭をグラグラされながら目を白黒させた。  「そこじゃないだろ、突っ込むところは」  「いいから白状しろ! 人の家の畳の下で何やってたん・・・ てか、この下は台所だぞ。隠れる場所なんて無いぞ・・・」  「だから言ったろ? これは四次元・・・」  今度は相手の頭をヘッドロックして、それをポカスカた叩きながらペセ太が叫ぶ。  「怪しいぞ、コイツッ! さては泥棒だなっ!?」  「違う、違う。違うよ、ペセ太くん。ぼくはサダえもんだよ。痛いから放してよ!」  「サダえもん?」  「そう。ぼくは未来からやって来た、カバ型ロボットのサダえもんさ」  「・・・・・・」  一瞬、沈黙が下りてきた。ペセ太とサダえもんは、見つめ合ったまま固まった。しかしペセ太が無表情のまま、固く握った拳を徐々に持ち上げるのを見て、慌てて弁明するサダえもん。無言の暴力ほど怖いものは無い。  「わわわわわ、ちょっと待った! 落ち着いて、落ち着いて! とりあえず話を聞いて!」  「誰が話なんか聞くかっ! この変態野郎! さては覗きの常習犯だな!?」  「違う違う。ぼくは未来の人に頼まれてこの時代にやって来たんだ。だから君のこともよく知ってるんだ」  サダえもんが自分の頭をかばいながら、丸くなって言った。  「未来だって?」  「そうだよ。君を助けるために、未来から派遣されてきたのさ」  「派遣さんなの?」  「意味が違う!」  「でも・・・」ペセ太は思案顔だ。「未来の誰が君を送り込んできたって言うんだい?」  「それは未来の君自身の、会社の上司にあたる人の友達の、取引先の社長の知り合いさ」  「それってただの他人だよね?」  「そういう小さいことを気にする性格だから、未来の人が心配しているんだよ。まったく・・・」  「大きなお世話のような気がするけどなぁ」  複雑そうな顔をするペセ太の肩に、サダえもんがポンと手を乗せて微笑んだ。  「まっ、とにかく。ぼくは君の味方だってことだけは解かってほしいな」  「なぁ~んだ。そういうことなら安心だ・・・ って言うわけ無いだろっ、コノヤロ! 本性を現せっ!」  そう言ってペセ太は、再びサダえもんに掴みかかった。  「食らえっ! アントニオ猪木先生の十八番、コブラツイストだっ!」  「イテテテテ・・・ ギブ,ギブ。ギブアップだよ、ペセ太くん!」  後半に続く・・・
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