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「あとね、ここ」
破れたブラウスを捲ると、腕に歯形がついている。
「キスされそうになったから、遮ったら噛まれちゃった」
「なんてヤツだ」
女性の細腕に噛みつくなんて、とぶつけようのない怒りを覚えながら、その傷を消毒し薬を塗って、大判のガーゼがついた絆創膏で覆ってやる。
「もう、お店には行けないわ。あいつらが店にまで何かしないといいけど。マスターに迷惑かけちゃう」
濡れタオルを頬に当てながら、彼女は言った。
食べ物を売っている露店街の2階から上は、食堂やバーが入っていた。
上の階にいくほど、大人向きの店になる。
男に高い酒を飲ませるその店の、マスターとは彼の友人で、接待をする女性の一人が彼女だった。
「馴れてるからうまくやるだろう」
「そうなの? あの店、居心地良かったのに…」
彼女と初めて逢ったのは、3ヵ月ほど前のことだ。
久しぶりに店に飲みに行き、いつものようにカウンターに座ったら、「新しく来た子だ」と紹介されたのだ。
そのバーは、比較的富裕層相手の、品の良い店だ。
酒一本の単価が高く、財布が厚い客しか入れない。
この街では、その店の常連と呼ばれることは、ある意味、商売をしている男のステイタスとなる。
ボトルの酒が残り少なくなると、客は見栄を張って新しい酒を開けさせる。
付いている女性たちは、それを進める役だ。
下げられた瓶を取っておき、彼が行ったときに飲ませてくれるのが、その友人だった。
その代わり、店の女の子たちに何かあった時には、無条件で診察することになっている。
今夜のような病院が閉まったあとの怪我や、急に貧血で倒れたとか、眠れないから睡眠薬がほしいとか、そういうことが多い。
街の病院の雇われ医師の彼は、このアパートでも、軽い怪我や病気などに備えて、適当に薬品や資材を揃えていた。
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