サント・マルスと混沌の邪神ーアトラテック編ー

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「俺は暫く身を隠す。ただ、たった一つだけ伝えたい事が ある。ありがとう。今まで友達でいてくれて・・・。」 UPE-HE‐6Gははっとしてユーリウスを見上げた。 「えっ・・・。」 「・・・怒ってない訳・・・無いよな。」「さあね。」 「だったら何故、そんな今生の別れのような事を・・・。」 「・・・実は・・・。」言いかけたが「やっぱやめとく。」 ユーリウスはそう一言残し、ドアのセンサーに手を掛けた。 「WA‐W11VARーSYーUKAに言って置いてくれ。首を洗って 待ってろってな。」 そう言って執務室を出た。部屋の外には長官とI-KUB-AYA202 上佐が待ち構えていた。 「もういいのか。」長官がユーリウスに声を掛けた。 「随分と簡単だったな。」 上佐も話しかける。 「我々の間には長たらしい言葉は必要ありません。」  「WA‐W11VARーSYーUKA・・・ワナギースカ、か。」 「ここまでの恨みを買うなんて、一体どういう事なの だろうか。」 駐屯地での話を王に伝えた。 「心当たりが無いから困っているんですよ。」 「向こうが勝手に思い込んでいる、という事はあるかも 知れんな。状況から言ってやはり『異例の出世』は反感を 買う材料になる。気の毒だが。」 王の酒の肴にユーリウスも付き合いながら果実酒を 御馳走になる。 「大変だな。」「まあ、ありがとうございます。」 「禁煙もな。」 ユーリウスは苦笑いした。  グラスに注がれた果実酒の紅にユーリウスは昔を 思い出していた。    中等学校に上がってまもなくの事。学校から帰ってくると 父が荷造りしている。どこかへいくのだろうか、と思ったが、 その時は何も聞かずにいた。二、三日して母から父が出て 行ったと聞かされた。理由は教えてはくれなかった。その時は まだ漠然とした記憶しかなかった。  中等学校の卒業をあと一年ちょっとで卒業する頃、ユーリウスは 担任の先生と進路について話し合っていた。先生からは 「この成績を維持できれば君が目指す技術学校への推薦状も 書ける。入学試験に向けてこれからはライバルも増えてくるから 気を抜かないで頑張ってくれよ。」といってぽんと肩を叩いた。 「技術学校か・・・。」昔から物を造ったり直したりと黙々と 一人でする作業が好きだった。手先が器用だった事もあり、 エンジニアを目指し技術学校への進学を夢見ていた。しかし ある夜、母がつけていた家計簿を見て愕然とした。預金等の 全財産を確かめると、どう考えても技術学校の学費を捻出 するのには困難な金額だった。  先生に相談し、奨学金を得る事を考えたが、母の年収 では奨学金を得る条件からは僅かに外れてしまっていた。 先生も何とか奨学金を受けられるように色々掛け合って くれたが、絶望的な結果しか出てこなかった。僅かな差で ユーリウスは奨学金を貰いそびれてしまう。先生も別の 書類を持ってきてくれた。それで何とか進学できるかも しれない。だが行けたとしてもこの厳しいインフレが続く 世の中、学費を払い続ける事が出来るのだろうか。 ユーリウスは書類には記名せず、その代わりに 「退学届」を提出した。  当然のことながら母はすぐに気づいたようだ。予想は していたので、その事を咎められたら開き直ってやる、と 覚悟を決めていた。しかし、母はその事を咎めもせず、 「・・・そうなんだ・・・。」としか言わなかった。 自衛軍の予備クラスに入隊しても反対もしなかった。ただ、 「副業でも始めようと思って面接してきたのにな。」  と笑顔を見せる母だった。そんな母の言葉に心が揺らぐ ユーリウス。 「けど、自分で決めたんだったらとことんやりなさいよ。 途中で諦めたらこの家出て行って貰うからね。」 優しい口調で厳しい言葉を告げる母。この母の為にも自分が 決めた道を歩かなくてはならない。そう決意した。 「なんで・・・反対しなかったの?。」 「あんたは言い出したら絶対曲げない頑固者だから。 お父さんにそっくりだわ。」 「あいつかよ・・・。あいつと一緒にするな。」 「はいはい。」  自分が決めた道。運命を受け入れると決めた時から ユーリウスは自分の中に底知れぬ力がみなぎっている ような気がした。  UPE-HE‐6Gの話からWA‐W11VARーSYーUKAことワナギースカは やはり宗教団体ナバホ=ダコタに所属している事は間違い ないようだ。ただ、後は彼とテロ事件を結びつける 証拠が欲しい。 「奴が爆弾を仕掛ける時間と場所さえ判ればいいんだが ・・・。」 じっと考えていると 煙草の禁断症状が出てくる。「あー、イライラする!!。」 大きな声で独り言を叫んでも、何の解決にもならない。 「分かっている、けどさ・・・。」  「・・・待てよ・・・。」 パソコンを立ち上げ、宗教団体ナバホ=ダコタのホーム ページを開いた。確か団体員の自己紹介が乗っていたはず。 「ええと、・・・『ワナギースカ』。これか・・・。」 教団の広報担当のメンバーの中に彼の名があった。 「広報担当って事はパソコンとか預けられているはず。何か 証拠か、できれば今度の爆破予告の計画書を作成した 物か何かあれば・・・。」 しかし、そんなデータが入ったパソコンがあったとして どうやって調べようか。
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