かわいたちの夜

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かわいたちの夜

叔父様と私はF県にあるペンションに来ている。スキー場に近いそのペンションは凝った料理と温泉が売りの隠れ家的な雰囲気を醸し出している。ペンションのオーナーの河合夫妻からある依頼を受けている。 「ペンションの郵便受けに宿泊客を殺すという脅迫状が届きました。1月11日深夜2時誰かが死ぬ。警察に通報した場合、お前たちが死ぬとも」 ネット掲示板である暗号を書き込むと池袋の掃除屋とコンタクトが取れる。そんな噂を信じて河合夫妻は、私たちに助けを求めてきた。 1月11日の深夜2時に間に合うように、私たちは1月9日夕方から河合夫妻が経営する、ペンション『ミラージュ』に泊まり込んで、怪しい人物がいないか内偵している。 宿泊客は今のところ三人。女子大生の三人組で、特別怪しい所はない。明日の夕方から、夫婦が一組、男性一人の客が一部屋ずつ宿泊する予定だ。 「なあ、凜。この展開、既視感がないか?」 「既視感?私は思い当たらないけど?」 叔父様は顎に手を宛てて、ペンションの部屋で話しかけてくる。私たちは親子という設定でこのペンションミラージュに泊まっている。 「そうか。凜はサウンドノベルとか知らないか、年齢的に」 「サウンドノベル?」 「ああ、ゲームの画面で小説を読んでいき、途中の選択肢を選ぶことによって結末が変わってくるゲームが昔流行ったんだ」 「へえ、なんか面白そうね」 「見てみろ、この宿泊名簿。女子大生三人のうち一人は河井菜々子。明日夕方から宿泊予定の40代の男の一人は川井良輔、もう一人の30代の男は川合渉、夫婦は川居夫妻。全員苗字がカワイだ」 「すごい偶然いえ、ここまでくると必然だわ」   「まるでかわいたちの夜…だな」 「わかいたちの夜?」 「ああ爆発的に流行したサウンドノベルゲームにも似たような分岐シナリオがある。選択肢をミスすると、同じ苗字の人間が偶然集まってどんちゃん騒ぎするラストがあってな。これは…まさか…」 「まさか?」 「作者の手抜き!新しいネタが思いつかないから有名サウンドノベルからパクったのでは?」 叔父様が人差し指を立てて私に解説すると、また天井の方から声がしてきた。 「このハゲー!ちーがーうーだーろー!」 叔父様の髪の毛がフワッと持ち上がり、鷲掴みにされたようにモシャモシャになる。 「や、止めろ!落ち着け、落ち着くんだ作者。ハゲたら女の子にモテなくなる、頼むから止めてくれ!」 叔父様は必死に髪の毛を庇う。すると天井の方からまた声がして、 「いい加減にしないとヒロインの相手役から降板させるわよ。某刑事ドラマみたく二代目の相棒を凜につけて、拓実は外国に移住!」 「おいおい、それは勘弁してくれよ。まだ宿敵の政治家との対決も終わってないのに」 「あら、推理はいい線いってるじゃない?依頼だと思って張り込みに来たのはいいけど、狙われてるのは宿泊客やオーナー夫妻じゃないかもね…」 姿を見せないその声は、不気味な笑い声を響かせながら消えた。 叔父様は宿泊客名簿とオーナーの河合夫妻のプロフィールを読み返しながら、書類を指で弾く。 「チッ、やっぱりそういうことか」 「一体どういうことなの?」 私がソファーに座ったまま尋ねると叔父様はソファーから立ち上がって、 「犯人の狙いは俺たちさ。このペンションの宿泊客、オーナー夫妻誰が刺客でもおかしくない。全員グルかもしれん。凜、お前は先に家に帰りなさい。麗子に迎えを頼むから」 「嫌よ。どうして叔父様だけ残るの?麗子さんが来てくれるなら叔父様も一緒に帰りましょう」 「犯人の狙いは俺たち…いや、掃除屋家業が長い俺である可能性が高い。逃げても追いかけてくる。とっとと始末しないと凜にまで危険が及ぶ」 「それなら、私も一緒に闘うわ。私たち、コンビでしょ?」 「いつもならその申し出を有り難く受けるところだが、下調べの段階で俺でもこの罠に気がつかなかった。相手は相当危険で頭のキレる奴って訳だ。兄弟でそれぞれ別の軍についた武将もいる関ヶ原の戦いじゃないがな、下都賀一族の血を絶やす訳にはいかない。俺は下都賀拓実の人生を借りた余所者だ。下都賀家の正当な後継者は、凜、お前なんだ」 「なら尚更逃げる訳にはいかない。下都賀の名に掛けて敵を始末するまでよ」 「凜、少しは保護者の言うことを聞きなさい」 「絶対に嫌。叔父様一人残して逃げるなんて出来ない」 「お前は足手まといなんだよ、実戦ではまだ」 叔父様が冷たく言い放つ。私は涙を堪えて無理に笑顔を作って話しかける。 「嘘が下手ね、叔父様は。本当に足手纏いなら私に何も言わせないようにこっそり麗子さんを呼んでるはずよ。叔父様は今迷ってる。戦力が欲しいけど言い出せない」 「自惚れも大概にしろ」 「図星みたいね。敵の罠に落ちたなら、脱出と敵の打倒を考えるのみよ。作戦を立てましょう」 「言うこと聞かないじゃじゃ馬娘を守りながら生き延びるか…なかなかハードなミッションだな」 「駄々を捏ねるアラフィフオヤジを守りながら生き延びるのも大変なのよ」 「生意気言いやがって。よし、まずは誰が罠を仕掛けたのか探るぞ。全員グルだとしてもリーダーがいるはずだ」 「犯行予告は明後日の夜よね。そうなると今日から既に泊まっている女子大生三人は私たちを狙う機会は増えるけど、その分顔や声を覚えられ、警戒される確率が高いわ。私たち二人を殺害するなら明日泊まりに来て、さっさとずらかる方が得策だと思うわ」 「定石で考えればそうだ。ただ、敢えて裏をかくつもりかもしれん。凜、女子大生三人をお喋りやゲームで談話室に惹き付けておいてくれないか。その間に持ち物を調べてみる」 「任せておいて。でも…叔父様…」 「なんだ?どうした?」 「女子大生の下着盗んじゃダメよ」 「どアホ!誰がそんな変質者みたいなこと…」 「あら、死を覚悟するような戦闘の前になると性欲が上がる。下都賀家の人間なら誰でも知ってることよ?」 「だからといって女子大生の下着を盗むほど落ちぶれてないぞ俺は」 「じゃあ、とりあえず談話室で三人とお喋りしてみるから、彼女達の持ち物を調べて」 「ああ、部屋に戻りそうな気配があったらスマホで知らせてくれ」 「りょーかい!」 こうして私たちは調査を始めた。
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