13.銀の龍 瑠璃色の姫君を愛でる

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「…澄んでるな」 天翔ける銀角獣の背に乗って空に飛び立ち、広大な樹海を見渡してからまもなく、ジョシュアがつぶやいた。 死森の毒素が抜けているらしい。 「湖付近だけかと思ったが、…」 「森全体に及んでいるようだな」 ジョシュアとエイトが頷き合う。…傍目にはジョシュアが1人で呟いて間髪入れずそれに答えているように見える。 ジェイの洞窟が沈んだ黄金の湖の水が、死森の土を浄化したらしい。 確かに。 最初に向かった時は毒素が強くて息苦しく、マスクを装着しなければいられないほどだったのに、今はまるで苦しさを感じないし、むしろ深呼吸したいほどの心地よさがある。あの暗闇に閉ざされた虚無空間は跡形もなく、緑が芽吹き、日差しも降り注いでいる。 「ジェームズ王の怨念が、…少しは晴れたのかもな」 そうつぶやいたエイトリアンは、何だか感慨深そうだった。 エイトリアンは一時ジェームズ王と同化してたから、ジェームズ王の深層に触れたのかもしれない。 人間の陰謀で混乱と搾取に陥れられ、自らを含めて怒りの炎で全て燃やし尽くしたジェームズ王。人間の欲望の犠牲になった母親を救えずに心に傷を負ったエイトリアン。 ジェームズ王がエイトリアンを選んで同化したのは、自分に重なる部分があったからなのかもしれない。 《ニンゲンに裏切られ、搾取されても、まだ信じるというのか。ニンゲンの持つ毒に侵されて、屍の山を築いても、共に生きるというのか》 悲痛に割れていたジェームズ王の声が蘇る。 「…人間が通ったら、また毒素が排出されちゃうのかな」 死森の土には元々毒素はなく、人間が触れることで排出され、濃度を増すことがジョシュアたちの研究で分かっている。今、せっかく毒が晴れたなら、ジョシュアの目指す死界と人界の融合に近づいたのなら、このまま晴れ続けてくれたらいいのに。 「このままの濃度を保てるかどうかは、これからの在り方次第だろうな」 俺の問いかけに、ジョシュアが銀色のたてがみで優しく頬をくすぐった。 今、多分。 俺たちは試されている。 ジョシュアが人間に理解を示してくれるのは奇跡で、実際、獣人社会に受け入れられるのは、言うほど簡単じゃないだろう。イキナセナバナを持ち帰ったからと言って、何もかもがすぐに許されるわけじゃない。獣人国民はジョシュアの命令には背かないかもしれないけど、だからって俺たち人間を受け入れたわけじゃない。 「…俺。お前が好きだ。世の中にはいろんな人がいて、同種族だって争いは絶えない。お前と一緒にいたら、またお前の立場を悪くするかもしれない。それでも俺は、お前といたい」 王は国のために己を捨てなければならない。って、ジェームズ王が言っていた。ジョシュアが俺を選んだのは間違いだと。 それでもジョシュアは、 《…そうです》 《それでも俺は、ラズを信じる》 俺を諦めないでくれたから。俺もジョシュアを諦めない。 どんなに困難でも、一緒に進んで行きたい。 「当たり前だ」 美しい銀角獣の翼とたてがみが、明るい日差しに輝いて溶けた。
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