13.銀の龍 瑠璃色の姫君を愛でる

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そんな中。 「…ラズ姫さま。わたくしのくだらない嫉妬で姫さまを煩わせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」 体調が安定したというネメシスさんが、俺に会いに王城の温室にやって来た。 ちなみに俺は、懲りずにハーブティを作っているところだった。 こんな時こそ癒しが必要なんじゃないかと思って。ハイビスカスとローズヒップという二大爽やかハーブをブレンドしていた。試飲するとちょっと酸味が強かったから、甘みを加えてもいいかもしれない。 というわけで。蜂蜜を加えてネメシスさんに出してみた。 ネメシスさんは湯気の立ったハーブティをじっと見つめて、ふっと顔を緩めた。 「あ、…いや。嫌味とかじゃなくて、飲まなくてもいいし、…っ」 その少し困ったような顔を見て、ようやく気付いた。 俺は馬鹿か。俺の淹れたお茶で自殺未遂があっていうのに、また勧めるとか考えなし過ぎ。ただの嫌味だろう。 「…いただきます」 焦って茶器を下げようとする俺を制して、ネメシスさんは静かにハーブに口を付けた。温室にハーブの香りが一層高まる。蒸気が降り注いで肌に溶けていく。 「…美味しい」 ネメシスさんはゆっくりと味わってから、くっきりとした猫目を瞬いて、柔らかく微笑んだ。その顔は少し頼りなくも見えて、なんだか胸を突かれた。ネメシスさんは、いつでも凛として背筋を伸ばして最先端を歩いている国民の憧れ。だから、尊敬を込めて女史と呼ばれていたし、ちょっと近寄りがたくもあった。 でも、今は、年相応なただの女の人に見える。 そう言えば、結婚式前夜も、『…ジョシュ』 そんな頼りない風情があった。 「…陛下をお慕いしておりました。幼いころからずっと。ただ、おそばにいたい、それだけでどんな苦難も乗り越えられました。応えてもらえなくていい。お役に立てればそれでいいと、思っておりました。それなのに、いざ陛下が他の方に心をお許しになる姿を目にしたら、…死にたくなりました。恋とは、かくも残酷なものかと、思い知りました」 何にも言うことが出てこない俺を気にするようでもなく、ネメシスさんが滑らかに話し始める。 「トーニ博士の企みを知ったのは、渡りに船でした。この上ない好機だと思いました。でも、企てが全て上手くいって、陛下がわたくしに血を分けて下さった時、初めて分かりました」 ネメシスさんは一度言葉を切って、俺をじっと見つめ、 「相手の幸せを願うことが愛なのだと」 少し寂しそうに笑った。 「わたくしは何もわかっていませんでした。大切な人を苦しめるくらいなら、自分の苦しみなどどうでも良かったのです。本当に愚かでした」 「あ、…いや。でも、…」 やっぱり何も出てこない。 ネメシスさんの気持ちを想像すると胸が痛い。ジョシュアが他の誰かを想っていたら、俺だって正気じゃいられない。 何も言えない無能な自分を呪った。 「姫さま。有難うございます。お助けいただいた命は、デドフロンティアのために尽くします。ただ、今しばらくは、死森に籠ろうと思っています」 ネメシスさんは、最後にスッキリとした笑顔を見せると、ハーブティを飲み干して立ち上がった。 「え、…」 「新しい死森の土を見て、黄金の湖を見て参ります。どうぞ姫さま、お元気で」 そして、颯爽と行ってしまった。
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