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01.輝、異世界に転生する
なんか。
「アレクサンドロニカ王国セレバンティウス公・第一皇女ティアラ、そなたとの婚約を破棄するっ」
誰かが俺を罵っているような気がする。
が、まあ、罵られるのには慣れている。やることは一つだ。深々と頭を下げて決まり切った謝罪文句を口にする。
「あー、はい。この度は誠に申し訳ございませんでした。このようなことのないよう、製品管理にはより一層の注力を、…」
「黙れ、…っ‼」
が、しかし。
最善かつ無難なはずの対応は、即座に飛んできた叱責の声に容赦なく遮られた。
「更に、アレクサンドロニカ王国セレバンティウス公・第二皇女ソフィアに対し、姉のくせに妹よりまつ毛が長いという許し難い侮辱罪で、エイトの森に追放するものとするっ‼」
これで決まりだとばかりに投げつけられた言葉に、周囲が一斉に騒めき立つ。
「エイト、…っ」「エイトですって⁉」
「そんな無慈悲な、…っ‼」
思わず深いため息を吐きそうになったのを長年の習性で堪えた。しょせん俺は聞き役だ。捌け口だ。罵倒されてなんぼだ。無になれ。無になるんだ。それが赤菱商事営業5課係長の醍醐味というものだ。
「あの死の森の、…」「銀龍が住むという、…」
「生きて帰った者は未だいない、…」
周囲に異様に張りつめた空気が漂うが、正直俺はそれどころではない。さっさとこの苦情処理を終えて会社を出なければ、保育園のお迎えに遅れてしまう。
気を取り直し、
「もちろん無料交換を受け付けております。大変お手数をお掛けして申し訳ありませんが、着払い用の伝票をお送りいたしますので製品をそのままご返送いただきまして、…」
「よし。連れていけ」
低姿勢の謝罪と無料保証で誠意を見せればいいんだろう、と内心苦々しく思いながらも必死に笑みを貼り付けて、唯一にして最大の切り札『無料交換』を持ちかけたところで、両手の自由を奪われた。
んんん?
屈強な鎧を身に着けた兵士のような男たちに両腕をそれぞれ掴まれ、引き立てられる。物凄く強い力で、物凄く痛い。
呆然と周囲に目を向けると、華麗な装飾が施された煌びやかな宮廷風建築物の中に居て、舞踏会にやって来たかのような華やかな衣装を身にまとった見目麗しい老若男女たちが、豪奢な照明に照らされながら遠巻きに俺を見ていた。
え。ここどこ?
遅ればせながらようやく周囲の状況に目がいく。
「…マシュー様ぁ、公正な判断、有難うございますぅ」
「当然だよ、ソフィー。ソフィア。私の可愛い人」
さっきから俺に言いたい放題クレーム付けてたと思しき男に女が駆け寄り、俺の前でこれ見よがしにひしっと抱き合う。
つーか、誰?
男も女も時代錯誤な貴族風タキシード&ドレス姿。気品漂うクラシカルな空間に、遠目には王冠を被って玉座に座る人まで見える。調度、衣装、並べられた料理、居合わせる人々、容姿、…何をとっても、どう考えても、何一つ、…
20××年、現代日本首都東京における赤菱商事営業部営業5課係長、深町輝、31歳独身子持ち、…の世界とはかけ離れている。
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