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「あの、ちょ、…待っ、…っ」
屈強な兵士に引きずられて王宮の外に連れ出された俺は、ようやく我に返って状況把握を試みた。俺は今、見知らぬ世界のとんでもない状況下にいるのではなかろうか。ちょっと待て。待ってくれ。これは一体どういうことだ?
けれど、兵士たちは俺の声には耳も貸さずに不愛想に引き立ててくるし、掴まれた腕は折れそうに細い。
んんん?
遅ればせながらようやく自分の異変に辿り着く。
俺、…誰?
俺の口からは聞いたこともない高い女の声音が出ていて、掴まれた腕は真っ白で細く、ふわふわスース―する軽やかなドレスを身に着けている。裾からのぞくこれまた細っこい足には編み込みのブーツを履いていて、抵抗虚しく地べたを軽々と引きずられている。そりゃあまあ、こんな華奢な手足じゃあ抵抗したって屁のようなもんだろう。
…てか、誰? 俺、誰??
いや。自分でも異変に気付くのが遅すぎるだろうと思う。思うけど、思うけども。日々目の前のことに追われて、仕事と育児にいっぱいいっぱいで、常に寝不足で、寝てんのか起きてんのかよく分かんなくて、追われるままに生きてきた俺には、もはや正常な判断力が損なわれつつあったようで、…
つーか、夢?
緑豊かな王宮の庭園には、薔薇やらパンジーやら、ガーベラ、デルフィニウム、名前も知らない色とりどりの草花が咲き誇り、広大な樹木が生い茂り、噴水からは煌めく陽の光を受けて澄んだ水が流れ落ちている。
夢にしてはリアルだし、色彩はクリアーだし、音声もはっきりしているし、肉感もある。でも、俺じゃない。俺が俺じゃない。
「あのぉ、…ちょっと、俺の事つねってみたりとか、…?」
それでも夢オチの線を捨てられず、へらっとアホみたいに俺を引きずっている兵士らしき男に笑いかけてみるも、無言で瞬殺された。
怖え。これ以上余計なこと言ったら問答無用で切られそう。つーか、カチャカチャ鳴ってるの、あれ、本物の剣だよな。
急速に肝が冷える。
…うん。腕をつかむ男たちの力強さと痕が残りそうな痛さを考えたらつねってもらうまでもない。現実だ。
マジか。リアル? え、マジでリアル??
動揺している俺を二頭の白馬に引かれた馬車の中に押し込め、ようやく離されたと思った俺の腕を胸の前で交差させて手錠をかけると、
「くれぐれも逃げようなどと思うな」
ぞっとするほど低い声で脅し文句をかけて、兵士たちが馬車を発進させた。外からしっかりとかけられた閂。鉄格子のはまった窓。黒いカーテンで覆われた車体。白馬と言えど王子様が迎えに来てくれるようなものではなく、罪人を引き立てていくようなもので、…あるよなあ、どう見ても。
ええ――、俺、何した? 何やらかした??
盛大に揺れる馬車の中で、混乱に包まれながら何とか身を起こして床に座り、窓に映った自分の顔を見て驚愕に息を呑んだ。
えええ―――、
なんか。俺、めっさ儚げな女の子になってる、…
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