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07.愛息子に甘やかされる
「エイトは人間を嫌っているんだ。母親を人間に殺されたから」
穏やかに揺れる木陰で、泉のせせらぎを聞きながら、ジョシュアの膝に抱かれていた。話の内容が凄惨で思わず俺が身じろぐと、背中から回された腕の力が強まって、励ますようにジョシュアの心臓の音が伝わってきた。
まだ。獣人王家の双子が幼い頃。
兄のエイトリアンが、母親と出かけた死森で人間が仕掛けた罠に囚われた。息子を助けるため水龍に姿を変えた母親は人間をおびき寄せて息子を逃がし、その美しい鱗に目がくらんだ人間に捕らえられ、惨殺されて鱗をはく奪された。
その一部始終は、決してその場から動いてはいけないと強く言い聞かされた幼いエイトリアンの目の前で行われた。その日、いつまでたっても帰ってこない妻と息子を心配して捜しに来た父王とジョシュアは、茂みの奥で絶望に暮れて動けなくなっているエイトリアンを、一晩中探してようやく見つけたのだという。
報復は何も生まない。
と、父王はエイトリアンを諭し、王妃の死を静かに悼んだが、その日からエイトリアンは人間を憎悪し、絶滅させることを心に誓った。
過激な思想を持つ兄のエイトリアンではなく、穏健派の弟が王位を継いだ後も、エイトリアンは死森に潜んでその機会を待った。強欲な人間を根絶やしにする。彼が統べる死森、通称・エイトの森は人間の墓場だ。彼ら双子は誕生の際、この世界を統べる力を手に入れると予言されていた。瑠璃色の瞳を持つ人間の少女が蘇ることによって。
「エイトは力を手に入れて人界を滅ぼし、獣人だけの世界を作ろうとしている」
淡々と話すジョシュアの声が、かえって切なく響いた。
目の前で母親を殺されたエイトリアンの絶望は計り知れないが、ジョシュアだって母親を人間に殺された。生きるためでもなく。ただ。欲のために。
「…ジョシュア」
胸の前に回されたジョシュアの滑らかな手に触れる。いつも俺に優しく触れてくれるこの手は、その怒りと虚しさと絶望の上にある。なんて、尊い手なんだろう。
ジョシュアは触れた俺の手を軽く握ると、俺の髪に顔をうずめた。
「でも俺は、好きな人間がいる」
髪にかかるジョシュアの吐息が愛しい。背中に感じるジョシュアの体温が愛しい。ジョシュアの全てが愛しい。
てる。てる。だいすき。
ジョシュアの中には柊羽がいる。
ごめん。と謝ったところで何も変わらない。異種族が平和的に暮らすのは難しい。同族でも分かり合えない。人間は強欲で自分勝手な生き物だ。
俺に出来ることがあるなら何でもするのに。ジョシュアになら殺されてもいい。この双子の深い悲しみを慰めることが出来たらいいのに。
俺、エイトリアンとヤれば良かったかな。
そうしたら少しは慰めになったのかな。
それでも。
「…あいつ。俺が嫌がることはしなかったな、…」
そんなにも人間に対して憎しみを抱いているエイトリアンは、俺を抱くことも殺すことも出来たのに、そのどちらもしなかった。結局。塞ぎ込む俺をジョシュアのところに連れて行ってくれた。
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