<1・カタオモイ>

1/4
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ

<1・カタオモイ>

 時々――そう、ほんの時々であるけれど、ふとした瞬間に思うことがある。  ああ、自分は何でここにいるんだっけ、と。何のために会社に入って、何のために楽しくもなんともない仕事をしているんだだっけ、と。勿論今やっていることに意味はあるだろう。なんせ働かざる者食うべからず、だ。ご飯を食べて生きていくためには、どんなつまらない仕事でも頑張ってやっていくしかない。例えそれが、昔思い描いていた理想と大きくかけ離れたものであったとしても、だ。 「あ、あれ?動かない……」  新入社員の影井律(かげいりつ)が、困ったようにプリンターと格闘している。大学を卒業したばかり、入って三ヶ月の青年は比較的小柄で童顔で、自分達ベテラン勢からすると可愛がられる存在でもあった。値が真面目で、教えられたことをきちんと聞く誠実な性格というのもあるだろう。  ただし、突発的なトラブルには弱くて、まだまだ不器用。仕方ないな、と薗部真頼(そのべまより)は立ち上がった。自分の仕事は中断してしまうが、オフィスの可愛い弟分的立場の彼に仕事を教えるのは嫌いじゃない。 「どうしたの、影井君。紙詰まり?」  真頼が尋ねると、わからないんです、と彼は眉を八の字に曲げた。 「紙は入ってるのに、空っぽだから補充してくださいって出ちゃって。どうしよう、FAX、正午までに返せるものは送り返さないといけないのに……そもそも受信できないんじゃ……」 「見せてみなさいな」 「はい……」  彼の仕事はパンフレットやチラシのデサイン業務だが、データ入力班の手が足らない時はこちらの仕事に回されることも少なくない。今時、新規契約申し込みがハガキとFAXで大量に送られてくるなんてと思わなくもなかったが、ネットで申し込みができるのはまだまだパソコンやスマホの扱いに慣れた世代だけである。年配者であればあるほどハガキやFAXでの申し込みが増え、必然的にデータで打ち直す必要が増えるのだ。  そしてそのハガキやFAXに大きな不備があった場合(必要項目が抜けていたり、極端に字が汚くて解読不能であったり)した場合は、再度申し込み者に確認を入れる必要がある。電話で確認を取ったり、あるいは申し込まれたのと同じ方法で再送を依頼するのだ。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!