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帰還
「うわぁぁぁぁぁあ!」
ようやく叫ぶことができた。
冷汗が止まらない。さっきまでの冷静さが嘘のように、心臓がバクバク言っている。
「生きてる……」
思わずそんな言葉が漏れる。当然だ。つい先ほどまで空を落ちていたのだから。
自身の服を確認すると、ポリエステルの、見慣れたごく普通のTシャツを着ていた。
あぁよかった、思わず二度目の安堵のため息が出る。本当によかった。
ところで、ここはどこだろう。
また見慣れないところだけど、いや、テレビでは見たことがある。病院か?
「急に叫ばないでよ! びっくりしたじゃん!」
思わぬ声にぎょっと目を剥くと、怒りと不安を足して2で割ったような表情の姉が、俺のすぐ目の前に顔を突き出してきた。
「ちょっと待って! 今お母さんたち呼んでくるから」
「あ、ねぇちゃん」
慌てて呼び止める。
部屋を出かけてた姉は、何なの、と今にも噛みつきそうな目つきでこちらを睨んできた。怖い。
俺はとりあえず苦笑を返した。
「雲の上、足あとはつかなかったよ」
「はぁ!?」
「それで、歴史はなかった」
「あんた何言ってるの」
「なんか――、平和だけど、すげぇつまらなかった。やっぱ今思うと怖かった」
姉の睨む目は、汚いけだものを見るようなものに変化した。そして、姉は少し考えたあと、もしかして、と手を打った。
「現代文の話?」
「現代文?」
「そ。この前テストがあったの」
だからもう興味ない、とでも言いたげに、姉は吐き捨てた。
「雲の上を冒険でもした?」
「なんでわかるの」
「はぁ? 冗談でしょ」
姉は頭を抱える。気持ちはわかるけど、本当なんだって。
「ちょっと、医者とお母さんたち呼んでくるから、ちゃんとここで待ってて」
ご丁寧にお医者さんを付け加えて、姉は慌ただしく部屋を出ていった。
心配をかけてしまったな。そんな気持ちが、ようやくフツフツと湧いてくる。
あとでちゃんと謝ろう。
ふと窓の外を見る。
そこには、見覚えのあるわた雲が、やはり確かな存在感を持って、遠くの空に存在していた。
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