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重苦しい湿気が身体を這い回るに巡る。
カーテンを開けるまでも無く響く轟音が今日の天気を表している。
妙に眩しく映る明かりを消して俺は静かな暗さを持つ自室からカーテンを開けて外を眺める。今日は日の光を入れなくても良いのでカーテンは締め切りだ。
いやあ、清々しいほどの天気の悪さ、いっそ心地良い…んなわけあるか。
身体も髪も重いし怠い。雨は降らなければ困るのに降ったら降ったでパフォーマンスが下がる気がする。
今日は待ちに待ってもいないが入学式だ。桜は雨に打たれほとんど散ってしまっているだろう、新入生共、ドンマイ!!!ざまあとは思ってないぞ、ドンマイだ‼
そろそろ式場に行った方がいいか?入学式は全生徒の参加が必須だ。俺は特に役割があるわけではないが進と待ち合わせをしているので5分前には着いていたい。まあアイツ大体俺より先に来てるけど。
取り敢えず鞄を持って外に出る。心配性なので結構荷物が多くて困るな。
リュックの方が楽なのだが新学期前に家でぶっ壊して修理中だ。
「あー、そっか、失念してた」
外に出ると色とりどりの傘、傘、傘。同じ傘の色で集団を作って無数の傘の群れがざわざわと揺れている。
そして俺の方をその傘たちが一斉に向いて…
まあ、モーセ。後歓声。
「「「「「「【黄龍】様~~~~~~~!!!!!!!!!!」」」」」」
うっそだろ俺かなり早く出てるんだけど???
そして一斉に歓声とどよめきが辺りに響く。叫んでいるのは主に黄色の傘をさしている、俺のファンクラブであろう人たちだ。見知った顔もかなりいる。アイドルライブの団扇のようにデコってある傘を振ったり、叫んだり倒れたり、昨日以上に騒がしい。俺のファンクラブ、とか言うのもう嫌だ。別に望んでも無いのに勝手に出来てたのに何で俺が所有格使ってんだよ!
にしてもミスったな。星寮は去年無かったから分からなかったが学内の人気生徒を集めている寮なのだからそこにファンの奴らが集結するのはごく自然な流れだ。各寮で張られても困るから学園側としても問題を一か所に集結させたかったんだろうな、気持ちは分かる。
しかし進と待ち合わせして普通に二人で行きたいんだけどこの流れだと人はついてきそうだしそもそも人多すぎるだろ、通れるか、これ。
新入生除き恐らく学園生徒の8割程がここにいる。しかも傘だから余計にスペースを喰っている。それだけの生徒が入るこの広場も凄いけど。
多すぎる人に少し圧倒されて立ち止まっていると急に先ほどのよりも圧倒的に大きい歓声が響き渡った。
「「「「「ワアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」」
「ひ、日ノ本様…!?いつも朝早くてお会いできないのに!」
「【白の帝王】だ…おい、今日はスクープだぞ!」
「と、尊い…!なんて美しいご尊顔…!」
次いでざわつきと倒れる奴多数。ほんと顔って罪だな。
気配を感じ後ろを振り返ると案の定光り輝かんばかりのオーラを纏って悠然と歩いてくる日ノ本先輩がいた。
「おはよう、篠本」
すれ違って騒がしい周囲に聞こえないような小さな声で挨拶される。聞こえるか聞こえないかの柔らかい声が耳元を掠める。今は風紀委員長モードなのか芯のある紳士的な声だ。寮内では普通に声をかけてくれると思うんだが生憎今は人が多い。とある事情で夕凪先輩の所にいる俺は日ノ本先輩の信者の一部から睨まれている。迂闊にそれを刺激しないよう気を使ってくれたらしい。
「おはようございます」
少し刺々しい視線を横目に捉えながら小声で挨拶を返す。ほぼ一瞬のすれ違いで挨拶は済んだ。本当に面倒だが気を使ってくれた先輩には感謝しかない。
確か日ノ本先輩は学校に行くのが本当に早朝らしく出待ちしてるファンクラブメンバーでも滅多に会えないんだっけ。特権あるから俺の許可があれば結構早くから寮を出れる筈だし。でも今日は遅いってことは寝坊…いや、日ノ本先輩が寝坊とか絶対に想像できない。
夕凪先輩が早起きする確率と多分いい勝負だ。
まあ何かしらあるんだろう。日ノ本先輩が過ぎていくと信者達は一緒についていく。おかげで少しスペース出来そうだしさっさとこの人混みを抜けて…
「うっわ、人」
「ほんまやな、邪魔くさ」
後ろから聞き覚えのある…いや有り過ぎる声が聞こえ本能的に体が硬直する。そうだ、何で忘れてんだよ俺のバカ。
日ノ本先輩が普通の時間に出て来るなら当然…
クソカラスと零世先輩も一緒にいるって事じゃないか。
まずい、進路上にいたら俺は当然見つかるしカラスがこっち来たら俺嫌いの風紀の奴らがちょっかいかけてくる可能性は十分にある。新年度初めにそんな面倒ごとに絡まれてなるものか。
俺はこそこそとその場を離脱しようとして_______
突如腕を引かれた。
「おわっ…」
「しいっ!見つかっちゃうよ?」
「びっくりした…桃屋敷先輩ですか」
「ちょっと困ってるみたいだったから…お節介だった?」
「いえいえ!むしろ凄く助かりました」
「相性の問題は誰にでもあるしね~、まあでも、いつまでも逃げてばっかりでもダメだとは思うよ」
「うっ…ご迷惑おかけしました」
俺の手を引いて風紀勢から見えない位置まで連れて行ってくれたのは桃屋敷先輩だった。薄い灰色のカーディガンを萌え袖にしてブレザーなしの緩い恰好がとても可愛らしいし色合いのマッチもいい。多分センスがいいんだと思う。
実優先輩も灰良も服はオシャレなんだよね、服は。中身はダメだけど。
「ふふっ、でも白鳥と篠本、相性が悪いのは分かるから。それに、嫌いの一つや二つあるほうが可愛げがあるかなって僕は思うよ。実優も灰良も外面いいけどふっきれてるからさ」
可愛げはないよね、なんて呟く桃屋敷先輩。その顔は優しげでフォローもばっちりだ。ほんと、天使。マジ天使。
「ああ、そうですね…でも本当助かりました。今度何かお礼させてください」
「えっほんと!?めちゃくちゃ嬉しい!楽しみに待ってるねっ」
きゃらきゃらと楽し気に笑って桃屋敷先輩は去っていく。朝からクソカラスを見るというマイナスな出来事がふっとんだ、これで今日一日頑張れる。
「悪い、待ったか?」
「いや別に。つうか星寮前とんでもない騒ぎだったけど抜けてこれたのか」
「あ~、桃屋敷先輩に助けてもらった。足向けて寝られないわ…」
「なら俺も行かなくて正解だったな」
「そっちもそれなりに人いたろ」
「まあな、ただほとんどそっちに行ってたんだろうし楽だった」
少し行った所、いつもの待ち合わせ場所で進と合流する。
「にしてもすげえ雨」
「風がないのが救いだな…おい、前見とけ」
「おわっと…水たまり、あっぶな、靴の中濡れるとこだった」
「中濡れると気持ち悪いからな…」
他愛もない会話を繰り返しながら雨の道を進む。
「お前入学式出るんだろ?なにすんのさ」
「お前も参加はすんじゃん。なんか喋れってさ、怠い」
「え、喋んの…面白いな、お前が真面目腐って喋んの」
「原稿もなんも考えてねえけどなぁ。てか生徒会長だけで良くないか?こういうの」
「ま、星付きになったからには仕方ねえと思っとけ」
「あ~あ~、今日だってさ、飯神が来てちゃあんと説明会やってくれれば俺の仕事は3分の1にまで減ってんだよ!あのサボり魔許さん」
俺が仕事に対して悪態を吐いていると進は少し考えるそぶりを見せる。
「ん~、それこそ無理だろ。アレをコントロールしようとしたら失敗すると思う。でもお前ががなんだかんだ付き合ってやってるのはそれなりの感情か興味があるからだろ?」
「まあ、そうっちゃそうだけども。でも飯神は俺の中では一番よくわからないヤツだし」
「ふーん。んじゃ俺は?」
「は?ってつめて!」
急に顔を覗き込んで来る進。結果的に近づいた進の傘から垂れた雫が頬を伝う。冷たい!
「わりぃ、で?俺は、お前にとってどんなやつなのって話」
俺の頬に垂れた雫を全く謝る気のない声で謝りながら拭う進。話を変える気はないらしく平然とした調子で聞いてくる。
どんなやつ、どんなやつって、ねえ…
「ん~、一番分かるけど時々よく分からんやつ」
「へえ」
そう言って進はちょっと笑って、それから傘を持ち直して歩きだしてしまった。いつの間にか歩みを止めていたらしい。
そういう反応がよくわからないのだ。偶にする、何かを確かめようとこちらを探ってくる目も。
普段部活のことを考えてたり、飯のこと考えてるときはよく分かるのにな。
不思議な感覚を感じながら俺は慌てて進の背中を追った。
土砂降りの雨はまだまだ激しくなる模様だった。
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