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第四話 恋愛観
翌日の仕事終わり、いつものように順と羽根休めに向かう。そこではいつもの佐倉さんの笑顔が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お仕事ご苦労様です。雨宮さん」
その笑顔をみると今日、仕事で上司の尻拭いをさせられたことや順の愚痴を聞かされたことなんかがどうでも良くなってしまう程に気分が良くなる。
「いつものお席にご案内しますね」
佐倉さんはいつも店の角側の窓側席に案内してくれる。
「ご注文、お決まりでしたらお伺いしますね」
「じゃあ、昨日おすすめしてくれたカフェオレを」
俺の後に順はブラックコーヒーを頼んだ。
「かしこまりました。お待ち下さいね」
佐倉さんはまた笑顔を見せてそう言うと店長の所に行ってしまった。
羽根休めの従業員は店長と佐倉さんしかいない。佐倉さん一人で笑顔で接客をこなしていて何故他にバイトを雇わないのだろうとは思うが、それを聞けるほど店長と仲良くないし話したことすらもない。
「先輩、佐倉さんをデートに誘わないんすか?」
そんなことを考えていると唐突に順が聞いてきた。俺が誘ってもどうせ駄目だろと返すと、誘ってみないとわかんないじゃないですかと順は返してきた。
「お待たせ致しました。カフェオレとブラックコーヒーです」
「ありがとうございます。佐倉さんは好きな人っていないんすか?」
注文した飲み物を持ってきた彼女にまた唐突に順は聞いた。彼女のことが気になっていた俺は、何聞いてるんだよ。佐倉さんが困ってるだろとか言いながら答えてくれないかなと思っていた。
「好きな人ですか。そうですね。羽休めに来て下さるお客様が私は大好きです」
「ええ、なんすかそれ」
佐倉さんの好きな人がわからなかったのは少し残念に思ったが彼女の返し方が上手いなと思っていた。
「じゃあじゃあ好きなタイプは?」
「好きになった人です」
順のしつこい問いかけに佐倉さんは笑顔でそう言って返した。きっと彼女はこの手の質問はされ慣れているのだろう。
「詩織ちゃん、早く他のお客さんの注文取って」
「あ、はい。ごめんなさい、今やります。それでは失礼しますね。雨宮さん」
佐倉さんは笑顔を俺に向け仕事に戻っていった。順は何処か残念そうな顔をこちらに向け、そらされちゃったっすねと言って苦笑した。
「別に気にしてないし。それに俺は佐倉さんの笑顔で癒やされに来てるだけ」
内心は気になっていたくせに順にそう言ってみせる。すると順はそんな俺に気づいてか少し意地悪そうに笑うと、またそんなこと言って。先輩が佐倉さんに惚れてることくらい知ってるすよ。むしろ、見てるだけで満足なんてただのへたれの言い訳にしか聞こえないっすとそんなことを言ってきた。
「何だよ、そこまで言うなよ。俺はお前の先輩だぞ」
「わかってるっすよ。けど、恋に関しては俺の方が先輩っす。先輩、恋愛経験薄そうすもんね」
順の言うことはあながち間違ってはいなかった。中学の時に徐々に帰ってこなくなった母親の代わりを裕真にしていて、高校の時に母親は完全に帰ってこなくなった。バイトに明け暮れ忙しい日々を送り、一般的に青春時代と呼ばれる頃に恋愛にうつつを抜かす余裕なんか無かった俺は付き合った人は一人しかいなかった。唯一付き合った人とは俺があまりにも裕真を優先させるものだから付き合って三ヶ月ほどたった頃に私と弟くん、どっちが大事なのと聞かれ、もちろん弟だと答えると次の日に無視をされた。
だいたい私と弟くん、どっちが大事なのなんて質問する方が間違ってるし、当時の彼女には自分の家庭事情も話してあった。それなのにわかりきったことを質問する方が間違っている。
「順のくせに偉そうなことを言うなよ」
恋愛経験の薄い理由を話すのも面倒くさいと感じたからあえて話さずに誤魔化すことにした。それから忙しそうな佐倉さんを少し見ながら聞いてもない順の恋愛話を流し聞きして家に帰った。
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