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 リューベックの冬は長い。窓の外は相変わらずどんよりで、戦場を彷彿とさせる。崖の向こうに見下ろすことのできる海も、ご機嫌斜めだ。  ところで人は悩み、喜び、悲しみ、慈しみ、恐怖する生き物だが、俺は人じゃないから、そんな気持ちなどこれっぽっちも分かりやしない。  外吹く風の気持ちを考えたことがあるか? 毎日踏まれる靴の気持ちは? 身を貫く弾の気持ちは? 俺にとってはそれぐらい分からない。  窓を拭く俺の後ろで、気配を消そうと頑張る少女のこともまたしかり。分かることは名前がクリスタ。あとは腰丈の髪は白銀色で、瞳は鮮血のような赤、肌は仄かにピンクがかった白で、背は俺の肩くらいまでで痩せ気味。  ガラス越しの顔は、意味深な笑みを浮かべている。いったい何を考えていると思う? きっとまた、驚かそうとしているんだ。懲りないやつめ。息をたっぷり吸いこんで……さ、来るぞ。 「わぁーっ!!」  もちろん相手にしない。俺の仕事は屋敷を綺麗にすることだけ。子供の世話をする義務はない、というより資格がない。 「……えぇ、もーなんで驚かないの?」
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