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「裕翔くん……」
右手を握り、寝ている彼の顔を見つめる。久しぶりに見た笑顔は苦しみを含み、今にも消えてしまいそうだった。
命を経とうって思うぐらい苦しんでいたの?
その時何を思っていたのだろう。私の事を思い出してくれた?
〝君の所へは戻れない〟
裕翔くんはそう言った。私だけ必要としていただけだったのかな。愛してくれてるって思っていたのは、私の勘違いだったのかな。
もう、分かんない……
私は彼の記憶に足あとを残す事が出来ただろうか。
そのあとを辿って来て欲しい。
戻って来て欲しい。
私は目を強く瞑り、祈った。
お願い、戻ってきて!
お願い!
……ぎゅっ
「裕翔……くん?」
「み、美乃梨……」
目の前には柔らかく微笑む裕翔くんが居る。記憶の中の彼ではなく、手を伸ばした頬には温かなぬくもりをちゃんと感じる。
戻って来てくれた。
「良かった……裕翔くん」
「ごめん、美乃梨、ごめん……」
私の頬に流れる涙を親指で拭いながら、彼はまた頭を下げている。
「謝らないで。裕翔くんの気持ち知らないで彼の写真や話をしてしまった私も悪いよ。ずっと苦しめててごめんね、これ、覚えてる?」
私はポケットからある物を出し、彼の手のひらに乗せた。
「この御守り……」
「私達が出会ったきっかけになった御守り」
「私が駅で落としたこの御守りを裕翔くんが拾ってくれて、凄い汗かいて渡してくれたよね」
「だってあの時、周りの人凄かったし今渡さないとダメだなって思って必死で走ったんだ」
「ありがと。でもそれがきっかけで話す様になって、付き合う事になって……」
「うん……」
「この御守りはね、亡くなった彼がくれたものなんだよ」
「え?」
「彼が私たちを巡り合わせてくれたんだよ。彼も私たちが幸せになる事を望んでいる」
「……知らなかった」
彼は御守りを両手でぎゅっと握り締めて、話し続けた。
「美乃梨から彼の事を聞いて、あの彼だって知ってずっと苦しかった。心に棘みたいなのがずっと刺さってた感じがしてて、君が僕を好きって言ってくれる度に深く刺さっていった気がした。でも今、その棘が抜けたよ」
「ありがとう、美乃梨。愛してる」
久しぶりに包み込まれた彼のぬくもりは、悲しみが消え去った様に温かで優しい愛に溢れていた。
良かった……彼の悲しみや苦しみを少しでも消す事が出来て。
伝えようと思っていた言葉を今、言おう。
「裕翔くん、私と結婚して下さい」
私は恥ずかしくて、顔を彼の胸へと埋める。女からのプロポーズなんて変に思ったかな。でも、もう言っちゃったものは取り消せないけど。
「美乃梨、顔上げて」
「ありがとう、僕からちゃんと言わせて」
「美乃梨、僕と結婚して下さい」
「はい」
見上げた私の顔はきっと化粧も取れてボロボロだね。
そんな私の唇に彼の唇が優しく重なり合う。
幸せな記憶がまた一つ上書きされていく。
「あ、これ言うと怒るかもしれないけど……」
「なに?」
「僕、自殺じゃないんだ」
「え?」
「あの日、彼を助けられなかった事を君に話そうか迷っててあのビルに居たんだ。そしたら女子高生が飛び降りようとしていて、手を伸ばして助けた瞬間に誤って落ちちゃったんだ。死ぬって思った時、あの時の罰が来たんだって思った。落ちていく瞬間はスローモーションの様で、美乃梨の事しか頭に浮かばなかった」
自殺じゃなかったんだ……良かった。
本当に良かった。
「もうっ、何やってるの?!次、勝手に死んだら許さないからね!」
「うん、ごめんなさい……」
申し訳なさそうにはに噛む彼の笑顔が愛しくて、私は彼をぎゅっと抱き締めた。
もう二度と離れないように強く——。
誰にだって辛い苦しい記憶がある。
無理に忘れなくてもいい。
時が経って新しい記憶が上書きされていけば、その記憶は霧の様に薄くなっていく。
私は彼との新しい思い出をずっとずっと……
memoryし続けて生きていく——。
end
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