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がやがやと賑やかな居酒屋の座敷で、気の置けない友人と談笑しながらも、私は目の端で彼の様子を捉えていた。
彼。そう、彼。
彼は、私の高校時代の彼氏。つまり、あの芳川葵は、ずいぶん昔の元彼なのだ。
様子を見て、彼の隣に誰もいなくなったら隣に座りたい。そう思っていた。なぜ、彼の動向を気にしているかというと、未練があるわけじゃない。
元より未練なんてあるわけがない。好きじゃなかったのだから。
芳川くんに謝りたい。そう思っていた。次会ったら謝ろうって思いながら10年が経ってしまった。“好きじゃないのに付き合ってごめんね”って。
機会はなかなか訪れそうもない。芳川くんは人気者でひっきりなしに誰かが来ては楽しげに笑っている。
今日は、高校を卒業して10年の節目に開催された同窓会だった。
相変わらず格好いいな、芳川くん。たぶん今、周りにいる女の子たちは、芳川くん狙いだと思う。お陰でなかなか離れないだろう。
……話せそうにもないな。
目の前には、見覚えのある男子が二人やってきて、私と話していた真代と愛理と談笑し出した。私も何となく会話に入っていた。
この岩田くんと、木村くん、真代と愛理と……それから、いつも何となく話を聞いてるくらいの芳川くんとわいわいやっていた思い出。
「今泉ってさ今、彼氏いんの?」
岩田くんが唐突に聞いてきた。
「いないよ」
「そうなんだ」
『そうなんだ』の後の微妙な含み笑いには既視感がある。横を見ると、真代も愛理も、木村くんすらも、同じ笑みで私を見ていた。
ああ、そうだ、そうだ。この感じ、思い出すものがあった。
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