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「人類の歴史に偉大なる足跡を!」なんて言いながら柔らかな舗装に突っ込んでいく友人を、俺は放っておけない。
「くそ阿呆だろ、お前」
いいか、お前が踏んだせいで怒られるどこかの誰かがいるんだぞ。
それにお前だって、気に入ってる履物がおじゃんだ。
何の得にもなりゃしねえ。
寒い風が骨に染み出した秋の暮れ。
『工事中』の古びた木製の立て札を前に、俺と奴――稲生は引っ張り合う。奴は手ぬぐいを襟巻に仕立てていたので、簡単に捕まえることができたのは幸いだ。
「いいや違うな紀一」
大きな身体をそらし、浅黒い人差し指を立てる稲生。
得意げな、自分に自信しかないようなこの表情は、嫌い…だ。
父と兄を失った家を支えなければならない稲生は、これまでいろいろ苦労もしてきたようで、その中で処世術として培った自信なのだろう。
が、俺はそう簡単にほだされない。
「言ってみろよ……」
「この土はなぁ…1万年後に貴重な歴史史料になるっ!匂うんだ!歴史好きのこの俺が言うんだから間違いないっ!」
「未来すぎるだろ…」
夕焼けは偉大な芸術家だと思う。引っ張り合う学生二人という、こんな阿呆な風景すらも、影にしてしまえば絵画のような雰囲気が出てしまうのだ。
細い路地の舗装は、紫色で、たしかにあまり見ない色合いの素材ではあるが、なんで奴がここまでこれに執着しているのかはよくわからない。
「だから!ここできちんと証拠を残しておきたいんだ!」
それが浪漫だろう!と、朗々としたよく通る声が後ろの木塀に反射した。
「……履物はいいのか? 明後日は美代子ちゃんと逢引だと言ってたじゃないか」
「それはそれ!これはこれ!」
……フラれたんだな。
それでヤケになっているのか…?
哀れに思って手が緩んだ隙に、奴は迷いなく目的地へつっこんでいった。
べとん、と片脚をつける。
思ったよりも深くはまっていて、足の甲辺りまで漬かっている。
「うわっ 何やってんだ…」
「ふふふふ、俺は勝った……歴史に足跡を残してやったぞ!」
お構いなしに喜んでいるあいつにとっては想定通りだったのだろうか。
握った両手を上げ、快哉を叫んでいる。
何がしたいんだよこいつは、こんな歳にもなって。
「もう知らん!……帰るからな」
俺が怒ったそぶりを見せると、すまんすまんと笑いながら汚れた脚で追いかけてきた。
◇
あれから60年がたって、木造の町はあっという間に鉄筋コンクリート造りになっていった。
例の舗装は、あの後そう経たないうちに上からもっと頑丈なアスファルトに埋められてしまって、もう影も形も見えない。俺と稲生の阿呆な日々は、すっかり現代に塗りつぶされていた。
「…どうせお前は覚えていないんだろうな」
俺はひとりごちる。
「あれが埋められたとき、少しだけ寂しかったんだぞ」
◇
(――こ、これが)
(人類プロトタイプの……)
(足の裏、の、模型…!!!)
(いつ見ても躍動感すら感じる……美しい…)
現生人類にはなじみのない形に、研究者R・カリューンは嫌が応にも興奮する。呼吸を忘れそうなほどだ。
助手のファダジョフ平沼も額の目を輝かせている。
(これは、初のジャパニーズ族だな、ゲタ、というやつだ…)
(1万年前にせっせと鋳型を設置して回ったかいがありましたね!)
平沼が、往時の苦労を思い出したように呟いた。
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