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 八月の朝、夏休みも半ばを過ぎて、今日が何日だか何曜日だかも思い出せない朝に、ヒカリは胸騒ぎのする夢を見て目を覚ました。目覚めてすぐに、夢の内容は忘れてしまった。どこか遠くにいたような、お父さんともお母さんとも離れて迷子になってしまったような、心細さに満ちた夢だった。夢の名残りを振り払うように、ヒカリは布団から起き上がり、裸足の足で畳を踏んで歩いて行って、ガラス戸の向こうの庭を見た。今日もいい天気だ。家でゴロゴロしてばかりの夏休み、今朝も寝坊して陽はもう高くに上がり、庭木は眩しい陽射しに照らされていた。庭木の向こう、灰色のブロック塀にまっすぐに断ち切られて、塗り潰したように真っ青な空が見えていた。  お母さんが庭にいて、ホースで水を撒いていた。終わった花が萎れて乾いた紫陽花の枝に、シャワーの水滴がきらきらと光り、小さな虹もかかっていた。ヒカリはサッシのガラス戸を開けて、「お母さん!」と声をかけた。「見て見て、虹が出てるよ!」  お母さんは振り返り、ヒカリを見るとはっとしたような顔をして、すぐに笑顔を見せた。それから自身も虹に気づいて、「あら、本当だ。きれいね」と言った。  ヒカリはしばらく、虹に見とれていた。虹は水滴のスクリーンに浮かぶように、どことも知れない空中に静止していた。やがてお母さんがホースの向きを変えると、虹は空間を瞬間移動して古い石灯籠の上にかかった。その間も庭の木立からは、クマゼミの喚き立てるような大声がずうっと聞こえ続けていた。
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