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「ヒカリさん、お腹空いた? 朝ごはん食べる?」とホースを片付けながらお母さんが聞いた。 「うん」 「そう。ちょっと待っててね」  襖を開けて、隣り合った居間へとヒカリは移動した。大きな座卓のある居間は薄暗く、ヒカリはカーテンを開けて庭からの光を入れた。むっと熱がこもっていたので、ヒカリはガラス戸も開け放った。戸を開けた勢いでか、軒先に吊るしてあった風鈴が一度ちりんと音を立て、それきりでまた黙った。風はなく、空気は暑く淀んでいたが、それでもお母さんが水を撒いてくれたおかげだろう、僅かに涼気が庭の方から流れてきていた。  埃の漂う光の線が座卓へと伸びていく。それを目で追ううちに、ヒカリは猫がいないことに気づいた。 「あれ? おかしいな」とヒカリは独り言を言った。「ももー」と猫の名を呼ぶ。  ももはでっぷり太った灰色縞の大きな猫で、家族の誰よりも家に馴染んでいる、家の主みたいな存在だ。いつから家にいるのか、ヒカリはよく分かっていない。ヒカリの記憶にある限り猫は家にいたから、たぶんヒカリよりも年上だろうと思う。私は八歳だから……とヒカリは考える、猫は九歳か、それ以上だろうか。いや、そうとも限らない。幼すぎる昔のことは、おぼろげにしか覚えていないから。ヒカリの記憶はせいぜい数年分しかはっきりしない。なら、年寄りに見えた猫は意外とまだ若いのかも。  だが、近頃はいかにも年寄りめいて元気がなかった。朝も昼もお気に入りの丸い座布団の上で丸くなっていることが多い。その位置に、今朝は猫の姿がない。 「もも?」
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