3/6
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
 ももがいつも寝ているのは、座布団の上か、その近くに置かれた背の低い引き出しの上。丸い座布団は見当たらないし、引き出しもない。それなのに、家具を動かした形跡もない。ヒカリは混乱した。どちらも確か昨日まであったはずだと思うけれど、はっきりと思い出せない。  ヒカリは身を屈めて座卓の下を覗き込んだ。箪笥の影とか、洗濯物の山をどけてみたりしたけれど、太った年寄り猫の姿はなかった。 「お母さん、ももがいないよ。ももはどこにいるの?」  お母さんは勝手口から台所に入ってくるところだった。「何がいないって?」とお母さんは言った。「ねえ、ヒカリさん。パンでいいよね?」 「パンでいいよ」  台所に向けて答え、ヒカリは居間の畳の上に座ったけれど、猫の不在が気にかかって仕方がなかった。普段は気にもかけないくせに、いないとなると妙に気になる。いつもの景色のあるべき部分が欠けているようで、調子が狂った。  庭からのセミの声が、途切れのないノイズのように聞こえていた。ヒカリの視線はやがて、丸い座布団のあった場所に引き寄せられた。いつもならそこに、こんもりしたクッションみたいに丸くなっているはずだ。ヒカリが気まぐれに撫ででやっても動じない。たぶんヒカリのことなんて、自分より目下に思っている。  お母さんが台所で手を洗い、ヒカリの朝ごはんの用意をしていた。 「お母さん、ももはどこに行ったの?」とヒカリはもう一度聞いた。 「何がどこに行ったって?」 「もも。いつものとこにいないよ? 散歩に行ったのかなあ?」  お盆に載せたトーストを運んで来ながら、お母さんは「ももってだれ?」と聞いた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!