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キスの温度
収録が終わると仲間同士の付き合いは更に深まり互いのライブを行き来する様になった。
ジャンルを越えた音楽、そして仲間の活躍を感じることでより一層奮い立つ気持ちが芽生える。
中でもとりわけRocketsのライブは皆の参加率が高い。
足を運ぶ度に『自分もいつか…』と心が躍る。
Rocketsの客層は男6女4と偏りがない。
男性は様々な風貌だけど女性はロックと無縁そうな今時のお姉さんが圧倒的に多い様な気がする。
ー絶対に女性ファンを敵に回すなー
出会った時からひしひしと伝わってくる暗黙のルールだ。
ファンの中に『抱かれ待ち』という悍ましい物が存在するバンドもある。
ファンとのスキンシップが激しいRocketsも裏では怪しいかも…と、密かに思っているが真偽は闇の中だ。
ー後日ー
収録でお世話になったライブハウスの支配人に呼ばれた。
「突然なんだけどフリーライブをやってみない?当日は集客0かもしれない。全てが君たち次第だ。どう?」
「やります!やらせて下さい!」
2ヶ月後、夢にまで見た初のイベント。
必ず成功させてみせる!
念入りに業者と打ち合わせをしてチラシを1000枚作ると原宿・渋谷・新宿・高円寺‥ありとあらゆる場所でチラシを配った。
果たして1000枚のチラシの効果はあるのだろうか…。
イベントまでは都心・郊外・他県へとライブの幅を拡げ、月1だったライブが月8にまで増えて開催される。
プレッシャーで壊れてしまった私は急に体が動かなくなり『行きたくない!』と大号泣してしまうこともあった。
自分が予想してたよりも厳しく長い2ヶ月。
已の弱さと甘さを痛いほど知った2ヶ月。
ーイベント当日ー
フリーライブは始まるまで何も見えない。
どんなに頑張ってもそれが形として表れる確証なんて無いのだ。
元々のお客さんや仲間はノーカウントと支配人に釘を刺されている。
初見の人がどれだけ集まってくれるのか…。
☆
遂にOPENの時間。
フロアを覗くのが怖くて楽屋で待機をすることにした。
情けないけど体が全く動かない。
ここまで来たら後悔や迷いなんて捨ててボーカルとしてリーダーとして覚悟を決めよう!
刻々と時間が迫ってくる…。
どんな決意や覚悟をした所でも体は素直。
大爆笑している足に思い切り喝を入れた。
「よし、行こう!!」
メンバー全員でお互いの健闘を祈った。
意を決してステージへ飛び出すと…
目の前に広がる景色は超☆満員のお客さんで埋め尽くされていた。
無名のバンドを見る為に予定を空けて足を運んでくれた人がこんなに大勢いる。
今までの苦労や苦悩は一気に吹き飛んで感謝の気持ちだけが心を支配した。
☆
イベントが終わり撤収作業も終えたフロアに戻って私は温かい余韻に浸る。
改めてステージを眺めていると全てが夢の様で未だに成功の実感が湧かない。
静まり返ったフロアで物思いにふけっていると…
「サークーラちゃん」
イベント中は遭遇することが出来なかったイクトが挨拶に来てくれた。
「イベント大成功だったね。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「すごく準備を頑張ってたからお祝いのプレゼントを渡したくてさ。はい、どうぞ」
「プレゼント…!?嬉しい!」
ドット柄のキュートなラッピングを施してある包みを丁寧に開けてみると、ハート形をしたドラムのチューニングキーが入っていた。
「可愛いっ!」
「気に入ってもらえて良かった。俺はこんな感じでパンツに付けてる。バンドマンならではのお洒落アイテムじゃない?」
「うんうん!私も早速つけてみようかな。本当にありがとう。記念の宝物にします」
「高価な物じゃないし恐縮しちゃうな。この後の打ち上げはサクラちゃんも参加するんだよね?」
「うん。とりあえず打ち上げはメンバーに任せて私は支配人と反省会だよ。そろそろ約束の時間だから私も一緒に降りようかな。イクちゃんも参加してくれるの?」
「今日はケイとお客さんを同伴してるから顔を出してみる」
「ケイさんも来てくれたの?私も後で挨拶をしないと…」
「了解。サクラちゃんが到着するまでは帰らないでおくよ。そろそろ行きますか?」
「ここの非常口は螺旋階段になってて風が気持ち良いの。私は非常口を使うからイクちゃんはエレベーターで…」
「俺も一緒に行くよ」
非常口の扉を開けると、ひんやりした風が心地良くて清々しくて気分は最高だ。
ふと下を覗いてみるとライブハウスの前に人が見える。
Rocketsのギターを担当するケイと仲間達がイクトの帰りを待っていた。
「ケ、ケイさんがいる!」
思わぬ大先輩の出現に私は気が動転してしまう。
「ヤバイ!結構お待たせしちゃったね」
「あ、危ないっ!」
強い焦りで躓きそうになった私の手をイクトは勢いよく引いて壁際に立たせた。
「…ありがとう」
「シーッ」
私の唇に指をあてたイクトはゆっくりと顔を近づけてくる。
まさか…
え、まさかだよね…?
『…♡…』
「っっ…!!????????」
キ、キス!?
キスした!
激しく動揺している私と冷静沈着な素振りのイクト。
外から見える場所に立たされていた私は思わず身を乗り出して下を確認した。
ケイさんと目が合っちゃった!
大パニック!
「ケイさんに見られ…」
「静かに」
私を待ち構えていたイクトは再び身動きが取れないように体をロックした。
心臓が飛び出しそうな程に動揺して視線を合わせられない。
緊張で俯く私の顔を覗き込んだイクトは『これもプレゼント』と甘いキスで唇を塞いだ。
「……○△□???」
「サクラちゃん大丈夫?」
イクトは極上のスマイルと硬直している私を残して先に行ってしまった。
キスのプレゼント!?
そういう人だったの!?
天と地が引っくり返っても想像出来ない出来事に混乱して腰が抜けてしまった。
ー帰り道ー
どうしても真意を確認せずにはいられなくて野暮なメールを送信してしまう愚かな女。
私の致命的な欠点である。
『お疲れ様です。今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。さっきは驚いて聞けなかったんだけどキスをした理由を聞いてもいいかな?』
『お疲れ様。イベントに向けて心身を酷使しただろうからゆっくり休んで下さい。キスの件だけど本当にごめん。無性にキスがしたくなった、それが正直な気持ちです』
ああ、衝動的っていうやつ…
もっと悪く言えば気まぐれ…
そうだよね、そう。
おかげさまで無事にあっさりと解決しました。
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