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禁断の扉が開かれた時×××
フリーライブの後はゆっくり休息を…
と、言いたいところだが休んでいる暇は無い。
この世界は『出会いと運』
自分の可能性に賭けてくれる人との出会いが極めて重要だ。
バンドは星の数ほど存在する。
埋もれてしまわない様に日々成長しなければならない。
ゴールは見えなくとも己との戦いは果てしなく続く…。
ー数日後・渋谷ー
仲間のライブを参戦する予定も仕事が終わらない。
予定を変更して打ち上げに顔を出すことにした。
会場のMAPを開いてみると目的地は近い…?
方向音痴じゃ手に負えない簡素過ぎるMAPだ。
うむ、辿りつく見込みは無いです。
押し寄せる人の波に流されてスクランブル交差点を渡る。
とりあえずセンター街の入口で立ち止まってみた。
「お姉さん誰かと待ち合わせ?良かったらご飯食べに行かない?」
「…結構です」
もーー!
私に声を掛けるなんてどうかしてる!
性別が女なら誰でもいいのか!
都会の見境無い恐怖に右往左往していると心が折れた。
申し訳ないけど帰ろう。
♪〜♪〜♪
あ、メールだ。
『来ないの?』
イクちゃんだ!!
Rocketsはとても多忙なバンドだがスケジュールをしっかりと管理して仲間のライブに顔を出してる。
メンバー同士で会場が被らない様にと大まかな担当までも決まっているらしい。
『イクちゃんも渋谷?』
『うん。もしかして迷子?』
『センター街の入口にいるんだけどパニックです』
『迎えに行くよ』
『いいの!?』
神様!
イクト様!
仏様!
もしかして催促しちゃったかな?
あのキス事件以来イクトには会っていない。
せっかく仲良くなれたのに壊れてしまうのは嫌だ。
さっさと忘れることが穏やかな解決方法だと思う。
♪〜♪〜♪
『ついたよー!どこ?』
『スタバの横にいる』
イクトは携帯を片手に勢い良く走って来た。
「お待たせ!」
「迎えに来てくれてありがとう」
「感謝してるならこのまま一緒に帰ろうよ」
「ええっ!?何かあった?」
「何もない」
「なんだ!驚いた…」
「あーもう着いちゃうよ。あのビルの3階です」
「絶対に1人じゃ辿り着けなかった。本当にありがとう!私は少し時間を潰して行くからイクちゃんは先に戻って」
「なんで?」
「周りに変な誤解をされたら困る。Rocketsのライブに行けなくなったら嫌だもん」
「お気遣いありがとう。今度ご飯でも食べに行かない?」
「お兄さんの奢り?」
「もちろん。近いうちに連絡するよ」
「うん、楽しみにしてる」
☆
「サクラー!こっちこっち!!」
イクトが戻るのを見送り目立たぬ様に店の中へ入ると親友のアカリが私を呼んでくれた。
もちろん彼女もバンドマンで出会いはライブハウス。
今はライバル関係を通り越してお互いを理解し合える親友だ。
私は迷わずアカリのテーブルへ合流した。
ー1時間後ー
「これからリハがあるから行くね」
「サクラ1人で駅まで行ける?送ろうか?」
「来た道を戻るだけだから心配いらないよ」
「迷ったら連絡してね」
「うん、ありがとう!」
イクトは斜め前の席にいるが女性達と大いに盛り上がっているので声を掛けるのは止めた。
約束の時刻が目前に迫っている。
ここから駅まで絶対に一発で行ってやる!
確かこの店を右折して直進すればセンター街。
「そっちは違うと思います」
「…!?」
背後から聞こえる声は自分へのメッセージなのか?
恐る恐る振り返ってみると…
「イクちゃん!」
「迎えに行ったからには送ります」
「帰りまでお願いするなんて図々しい…」
「気にし過ぎだよ。ここを渡れば駅だからもうわかるよね?」
「うん、ありがとうございました」
ー数日後ー
仕事が終わり携帯を覗くとイクトからメールが届いていた。
『仕事中?終わったらご飯食べに行きませんか?』
この間の話は社交辞令じゃなかったんだ。
まだ間に合うかな?
とりあえず返信をしてみよう。
『遅くなってごめんなさい。これからで良ければ大丈夫です』
『今から新宿に来れる?』
『30分くらいかかるけどいい?』
『OK 駅で待ってる』
冷静に事態を考えてみるとRocketsのメンバーとサシで食事をするなんて貴重な時間だ。
この際だから色々と聞いてみよう。
急いで電車に乗り込み予定より早く新宿駅へ到着した。
イクトはどこにいるのか…
待ち合わせ場所を見渡してみる。
いた…!
モデルの様な風貌のイクトは凄まじいオーラ全開。
ただ立っているだけなのに画になる。
やはり私とは格が違うな。
「こんばんは。待ったでしょ?ごめんなさい」
「こちらこそ急に呼び出してごめんね」
「仕事モードで申し訳ないです」
「なるほど。雰囲気が違うと思った。眼鏡も可愛いよ」
「ありがとうございます」
新宿駅から少し離れた路地に佇む小さな居酒屋に入った。
さすがに平日の夜は人も少ない。
ここはお忍びデートの定番なのかな?
「とりあえず乾杯!お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
至ってナチュラルに振る舞っているつもりだが2人きりという違和感に耐え切れない。
早くも当たり障りの無い程度にRocketsの近況を尋ねてみた。
そして
「Rocketsのお客さんって積極的だよね」
と、さり気なく斬りこんでみる。
「フランクな人は多いかもしれないな」
「やっぱり抱かれ待ちとかあるの?」
例の疑惑をここぞとばかりにぶつけてみた。
「え、抱かれ待ち!?俺達ってそんな風に見える?」
「まぁ…」
驚いて目を丸くしたイクトはお腹を抱えて笑い始めた。
「ショック!身内に手を出すなんて御法度だよ」
「なるほど・・」
「サクラちゃんこそハル君に迫られてるって噂を聞いたよ。真相は?」
「まさか噂になってる?」
「うん」
「…困ったな。ハル君は既婚者だよ?奥さんにも会ったことがある。有り得なくない?」
「既婚者だったとは…。で?」
「別に減るもんじゃないから一度だけヤラしてって言われた」
「豪快な口説き方だな」
「セックスして減るとか増えるとか何なの?信じられない!」
「プッ…サクラちゃんらしい。でもハル君の気持ちは少しだけわかるかな。サクラちゃんの…」
「もーやめて!思い出したくもない。イクちゃんこそ夜な夜な出歩いて彼女は嫉妬したりしないの?大丈夫?」
「彼女?いない、いない!」
「それマニュアルでしょ?あ、専らセフレとか…?」
「おいっ!アイドルみたいで笑えるけど色々あってさ。Rocketsは恋愛禁止なの」
「マジで!?イメージと全然違う」
「どんな風に思ってた?」
「ケダモノ。遊び人!」
「ひでーな」
頬を膨らませて怒っているイクトの顔が可笑しくて思わず吹き出してしまった。
ふと時計に視線を送ると時刻は23時半を過ぎている。
「そろそろ帰ろうかな」
「終電か。気が付かなくてごめんね」
「ううん、イクちゃんは電車ある?」
「俺は近所だから歩いて帰れるよ」
「セレブー」
「今度はサクラちゃんのお薦めの店に行こうよ」
「是非!」
駅までの道程を足早に歩いて何とか終電の時刻に滑り込めた。
「ごちそうさまでした。イクちゃんも気をつけて帰ってね」
お礼の挨拶を済ませて改札に向かう。
「サクラちゃん、待って!」
イクトは大きな声で私を呼び止めると改札まで走って来た。
「どうしたの!?」
「門限は厳しい?」
「一人暮らしだから無いよ」
「そうか。こんな機会は滅多に無いからやっぱり朝まで飲まない?」
「うん」
新宿はライブハウスが山ほど存在していて顔見知りが多い。
こうしている間にも擦れ違う人が沢山いる。
誰かに見られたりしたら誤解を招いて大惨事だ。
「とりあえずここは目立つから駅を出よう」
「いつも気を使わせてごめん」
「イクちゃんはみんなのイクちゃんだから仕方ない」
用心深く周囲を確認する。
駅を出て裏道に入るまではイクトと距離を置いて歩いた。
「軽く散歩でもしない?」
「いいけど…」
「俺のことを心配してる?」
「うん…」
「ありがとう。でも誰にも見つからない自信があるから心配しないで」
それから15分近く他愛もない話をしながら新宿の街を歩いた。
新宿はライブで頻繁に訪れる場所だが目の前はディープな街並みで位置関係は全くわからない。
「ここに泊まろう」
ふと立ち止まったイクトは目の前の建物を指差した。
「え、ここ…?」
見上げた視線の先には高級なビジネスホテルが建っている。
果たして本当にビジネスホテルと呼ぶのかはわからない。
それでもラブホテルじゃ無いことは確かだ。
「いつも打ち上げで潰れると帰るのが億劫でここに泊まる」
「何だか敷居が高そう」
「お察しの通り料金は割高だけど快適だよ」
「2部屋も空いてるかな?」
「平日だから空いてるさ。もちろん誘ったのは俺だから料金は気にしないで。2つ空きがあればいい?」
「うーん」
明らかに身分不相応の私はイクトの陰に隠れるようにひっそりとホテルの中へ足を踏み入れた。
「ここで待ってて」
イクトはフロントへ向かい部屋の空き状況を確認している。
取り残された私は座っていても落ち着かず無駄にシャンデリアを眺めながら数分を過ごした。
「オッケーだったよ。行こう!」
常連であるイクトの案内でエレベーターに乗り込み5階まで上がった。
「この部屋でーす」
「うわー広い!ベッドもダブルだ。幸せー!」
予想を遥かに超える部屋を前に興奮が止まらない。
自力でここに宿泊するのは夢のまた夢だ。
「気に入ってもらえた?」
「もちろん!イクちゃんの部屋は隣?」
「ごめん、悩んだけど同じ部屋にした」
「そう…。だからこんなに部屋が広いんだね」
早速ソファーに座り備え付けの紅茶を淹れて話の続きを始めた。
日頃のイクトはこうして人と話す機会がないのかもしれない。
四六時中誰かの視線を感じて生きることは本当に孤独だ。
「そろそろ寝る?仕事の後だから眠いでしょ?」
「うん…眠くなってきた」
「シャワー浴びなくてもいいの?」
「せっかくだから浴びようかな」
うかつにシャワーを浴びたら完全にスッピンになってしまうけど私の素顔に興味はないだろう。
浴室から出て部屋に戻るとイクトはヘッドフォンをつけて音楽を聞いていた。
「おかえり。ベッドは使っていいから先に寝ていいよ」
「ありがとう」
正直あまりお酒は呑めない。
それに加えて朝から働いていたせいか疲労で瞼が重く一瞬で深い眠りについてしまいそうだ。
ここは無理をせずお言葉に甘えて眠ろう。
「サクラちゃん起きて!」
深い眠りについていた私はイクトに揺さぶられて目を覚ました。
「おはよう…」
もう朝か…
って、まだ4時半!
「ずっと起きてたの?」
「お客さんにメールの返信をしてた」
「お疲れ様です」
「サクラちゃんはお客さんとメールしたりしないの?」
「朝起きてメールが70件になってたことがあるよ。その日は1日中メールしてた」
「ありがたいけどそれもまた大変だね」
溜め息を吐いたイクトは携帯を置いてソファから立ち上がるとベッドの脇へ座った。
「少しだけ一緒に寝てもいい?」
「あ、さっきの話は嘘だ!やっぱり結構遊んでるでしょ?」
「嘘なんかついてないよ」
「だって女慣れしてる。怪しい」
「俺がどんな男かそのうち教えてあげる」
イクトは寝ている私の上に跨ると徐ろに両手首を抑えた。
「なに…!?」
「キスしよう」
手首にキュッと力を入れたイクトは静かに唇を重ねた。
「ちょっと待って!」
目の前で制止した私の言葉はイクトに届いている筈だ。
それでも彼は再び目を閉じて唇を重ねた。
「ん…」
情熱的なキスを繰り返していると全身の力が抜けてつい声が零れ落ちてしまう。
イクトは少しだけ震えている手を器用に操り私の服を剥がしていった。
「やばい…緊張して震えてる」
辿々しくもイクトの華奢な指は少しずつ下の方へ伸びて探し求めている場所に到達した。
そして優しく音を立てゆっくりと確かめるように動き始める。
「痛くない?」
「うん…。でもこれ以上は駄目…」
「これは?」
イクトは濡れた指を舐めて再び中に入れると今度は奥深くまで掻き回した。
「違うっ…!そういう事じゃない…あっ、ん…」
激しく呼吸が乱れて悶える私を抱きしめたイクトは頬に優しくキスをした。
「サクラちゃん」
「…?」
「今から起こること全て墓場まで持って行って」
そう静かに告げたイクトはファスナーを下ろして確かめるように奥深くまで侵入してきた。
熱くなっている体を密着させて淫靡な音を響かせる。
私達は決して越えてはならない線を越えてしまった。
いけない事をしていると思えば思う程に波は高まり、そして快感に溺れていく。
「ハァ…やっぱりイクちゃんは遊び人だね」
意識が朦朧としている私はイクトの腕を力強く掴んだ。
「集中して」
「そうやっていつも女の子の心を鷲掴みにしてる?」
「してないよ」
「もう隠したって無駄だよ。バレちゃってる」
「今は俺のことだけを考えて。中で出さないからイッてもいい?」
小さく頷く私を確認したイクトは奥深くまで突き上げるとそのまま覆い被さるように果ててしまった。
「こんな事をするために引き止めたわけじゃない。自分勝手なことをして本当にごめん。さっきの話だけど…」
「わかってる。墓場まで持っていくよ」
それから朝を迎えるまで特別な会話をする事は無く『後悔』の二文字と大きな凝りを残して浅い眠りについた。
ー数時間後ー
当然の如くホテルから出た私達はギクシャクとした違和感に包まれたまま別れることになる。
原因はただ1つ。
ー今から起こること全て墓場まで持って行ってー
起こったことは全て無かったことにしよう。
お願いだから死んでも口外しないでほしい。
きっとそう言いたかったのだろう。
彼に責任なんか取れるわけがない。
禁断の扉を開けてしまった様に思えたけどイクトの一言で呆気無くその扉は閉ざされた。
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