シェフと見習い

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「あの男、シェフと呼ばれて偉そうに料理をしているが、中身はずる賢い愚か者だ」  丞之信は首を(かし)げた。総二郎はそれを見て得意げに続けた。 「あの男の部屋は、足の踏み場もないくらいゴミが散乱している。風呂場にはカビが生え、便所は異臭を放っている」  丞之信は、ポンッと手を叩いた。 「なるほど、つまり」 「ああ、そうだ」 「ただ面倒だから掃除をさせているだけと。……シェフという立場を利用して、何も教えずに!」    総二郎は頷くと、「参るぞ」と言った。  護美総二郎と息子の丞之信は、数ある神の中でも、掃除の神様だ。掃除という崇高な行いを悪用する輩を、許すわけにはいかない。  後日、総二郎と丞之信はその店に弟子入りをした。  二人で力を合わせ、常に店内をピカピカにし続けた。神とはいえ、人の姿になれば(ほうき)を握り、ぞうきんを絞る。  弟子は手が空き、その分シェフの料理の技術を見て学んだ。やがて見習いの男が独立する頃、総二郎たちも姿を消した。  一人取り残されたシェフは求人を出したが、なぜか人が集まらなかった。「なんか不吉な予感がする」「罰当たりなことでも、したんじゃないの?」という噂が駆け巡った。  店内は荒れ放題になり、ネズミやゴキブリが姿を現すようになった。それにあわせて、客足も遠のいていく。 「なぜ掃除しないのでしょうか」 「それが掃除の恐ろしさだ。人の心に溜まったゴミは、簡単には掃除できん」
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