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草3:猫と魔法使い
「ほいっと。とうちゃーく」
一瞬前はオークション会場にいたのに、瞬きひとつするとそこは草地の広がる高台だった。
下には街の明かりが広がり、上には夜空の星が輝いていた。私はそこで初めて、今が夜であることを知った。
周りを見ると、私と魔法使いさん、黒猫さん以外の人影はない。いつの間にか結ばれていたはずの手足も自由になっていた。
――いったいどうやって……?
「あー、いま、一体どうやって!? って思ってるね?」
「――っ!」
思っていることをそのまま言い当てられて、どきっとした。この人は本当に一体何者なのだろう。
どんなに思い返しても、こんな知り合いはいなかったと思う。印象が強すぎて、会ったことがあれば絶対忘れないだろう。
「改めて自己紹介をしようか! 僕は“魔法使いさん”。きみの、お嬢様付きの魔法使いさんさ! そしてこっちの黒猫は僕の相棒、黒猫のゴギョーさんだよ。よろしくね、ナズナお嬢様――いや、ナズナお嬢さんっ!」
魔法使いさんは、自己紹介になっているようでなっていない自己紹介をしてくれる。
「あの、魔法使いって、どういうことですか? 名前じゃないですよね? それに、なんで私の名前を知っているんですか? なぜ、私はあんなところにいたんですか?」
こらえきれなくなり、疑問が一気に口から出ていく。
「魔法使いは魔法使いだし、おまえはこの話の主人公なのだから、名前くらい知れているだろう。」
またしても答えになっているようで答えになっていない返事――それも、私と魔法使いさん以外の声が足下から聞こえた。
「え? ……猫が、しゃべった?」
足下に視線を落とすと、すっと背筋を伸ばしてたたずむ黒猫が話し始めた。
「猫だって話くらいする。何を驚いている」
まるで、猫がしゃべっていることに驚いている私のほうが変、みたいな自信だ。もしかしてひょっとすると私の方が変なのだろうか、そう勘違いし始めたところで魔法使いさんがフォローを入れてくれる。
「いやいや、ゴギョーさん。普通の猫はしゃべらないからね? きみ、ふつーじゃないからね?」
よかった。どうやら私は普通らしい。
「ナズナお嬢さん、魔法使いは魔法を使う人のことですよ。魔法、聞いたことあるでしょ? びゅーんひょい! ……ってやると、ものが浮き上がる、あれ」
「はぁ……」
理解があまりにも追いつかず、気の抜けた返事になってしまった。
「魔法使い、ほんとにいるんですよ~。僕みたいな。でもって、僕はきみ専属の魔法使い。だから、お嬢様付きの魔法使いってわけ。ちなみにゴギョーさんは僕のお友達。大親友☆ 仲良し過ぎて、無償の愛を捧げちゃうくらい!」
そう言うと魔法使いさんは黒猫―ゴギョーさんを抱きかかえ、その頭に頬をスリスリしている。
ぱっと見はただの猫好きな飼い主と猫さんだが、とんがり帽子の飼い主と「やめろ」としゃべる猫というのはやはり、普通ではない。
色々と納得出来ないこともあるし理解出来ないことだらけではあるが、いったん全てを飲み込む。
「あの、魔法使いさん。なぜ、あなたは私を助けてくれたんですか?」
私はまっすぐに魔法使いさんを見て尋ねた。すると、それまでふにゃふにゃと猫とじゃれていた魔法使いさんの雰囲気が、すっと鋭くなった。
「それはね、きみが《試練》に選ばれたからだよ」
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