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草4:お嬢様の試練
「試練?」
最初から分からないことだらけだったけれども、ますます分からない。
試練とは何のことなのか、なぜ私なのか。
「ひとつずつ、順を追って説明するよ。」
当然とも言える私の疑問を拾い、魔法使いさんはぽつぽつとその子細を教えてくれた。
「世界には普段目に見えないもの聞こえない音がたくさんある。僕の魔法やゴギョーさんの声もそのひとつ。特に目に見えないものは大きな力を持っていて、世界の均衡が保たれるように様々なところで行使される。その大きな力の代表が、例えば魔法で、それを使うのが僕ら魔法使い。ここまでは良いかな?」
「――なんとなく。」
なんとなく、言っていることは分かる気がして、曖昧に答える。
「オーケー。なんとなくで良いよ。そのうちちゃんと分かる。さて、じゃあ均衡が崩れたとき、世界に何が起こるか。まぁ、実は今がまさにその時なんだけど……」
「――均衡を保つように、大きな力?が働く?」
そっと、私は答えた。
「その通り! 大きな力、つまり魔法をより多く行使出来るように、臨時で魔法使いを新たに生むんだ。つまり、きみ」
そう言うと魔法使いさんは私の肩をがっしりとつかんで続けた。
「ナズナお嬢さんが臨時の魔法使いになって、世界の均衡を取り戻す! これが、《試練》ってわけ!」
わかりかけていたと思ったのは、どうやら錯覚だったらしい。急にまた訳の分からない話になってきた。
「待ってください! 色々飛ばしたとして、どうして私なんですか!」
「んー。そこは僕にもよく分かっていないけど……なにせ、見えない大きな力だからね。でも、きみ、お嬢様でしょ?きっとそのまま人生歩んでいったら、試練なんて言葉とは無縁の生活だよね。だから、ナズナお嬢さんの人生の均衡を保つため……とかかもしれないね。
それにきみ、根はとっても優しいんだろうし、お嬢様としては珍しく、小さな声だってしっかり聞けそうだ。そういうきみの心根の愛らしさが、きみが今回の《試練》に選ばれた理由なんじゃないかな。……と、僕は思うよ~☆」
最後の方はごまかすようやけに明るく言うと、魔法使いさんは再びゴギョーさんを持ち上げすりすりし始める。
真面目なんだか、不真面目なんだか、分からない人だ。
「私が試練に選ばれたとか、急に魔法使いとか言われても……。私、魔法なんて使えません」
そう、残念ながら私はお嬢様かも知れないけれど、普通の人間なのだ。
「大丈夫。選ばれた時点で、きみは立派な魔法使いだよ。じゃあ早速、試してみよう! 僕と一緒に夜闇をランデブーしようじゃないか!
あそこに、街の入り口の門があるのが分かるかな?」
そう言うと高台の下に広がった街の明かりの端っこを指さす。そして、すっと手を私の方に差し伸べて言った。
「僕の、“お嬢様の魔法使い”の手を取って! そして、あの門のところまで、《ハコベ!》と願うんだ!」
爽やかに笑いそう告げる魔法使いさんと、その方に乗る黒猫のゴギョーさん。
明らかに普通ではない状況だけれど、私の中の何かが、進めと告げる。
そして私は差し伸べられた手を取り、街の門を思い浮かべて願った。
《ハコベ!》
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