1人が本棚に入れています
本棚に追加
草5:仏の座には仏を
「っと、到着! やるねぇ!」
さっきまで高台にいたと思ったが、いつの間にかそこは町の入り口の門前だった。
「本当に、移動してしまった……」
自分に起こっていることへの理解は未だに出来ていないけれど、だんだんと心への衝撃が小さくなってきた気がする。心が、状況と調和を取り始めている、そんな気がした。
「さて、ここはきみの試練が待っている街だよ。とりあえず、今夜はもう遅い。宿で休もう!」
そう言うと魔法使いさんは肩にゴギョーさんをのせすたすたと町の中へ入っていく。
そこからは本当にあっという間で、魔法使いさんは手際よく宿を2部屋借り、いつの間にか用意してくれた食事で軽くおなかを満たし、さらにいつの間にか用意されていた温かいお風呂に浸かって、気づけばほかほかしたままふかふかの布団に潜り込んでいた。
街中の宿に、それも隣室に魔法使いさんがいるとはいえひとりで泊まるなんて経験は初めてだったけれど、あっという間に眠りに落ちてしまった。
翌朝。
「はい! というわけで、今回のナズナお嬢さんの試練を発表しま~す☆」
私は朝食を食べながら、昨夜に続き魔法使いさんの説明を聞いていた。
「この町はね、元は、それはそれは仏のような人が治めていたのですよ。しかし! 世知辛い世の中ですね。政権、派閥、利害、その他諸々。様々な人の悪しき思惑によって、仏のような町長さんが退任に追い込まれてしまいます。
町長の座に納まったのは、なんと、極悪非道! ……は言い過ぎか。まぁ、町のみんなの声を聞かない人でね。
町の政策は利益優先。商人や役場の町長に近い人たちはかつてより明らかに優遇されてきているのに、例えば職人や農民、子供たち、その他諸々末端の者にはほとんど利益なんてまわってこない」
聞いているだけで、なんだか悲しい気持ちになってしまう。
「とても、均衡が保たれた状態とは言えないですね」
「その通り。まぁだからこそ、大きな力が働くのだけれどね」
町の話という具体的な内容のおかげか、昨日よりも魔法使いさんの言うことがわかる気がした。
「さて、そんな状況に耐えかねた町の人々は願います! 町長を前の方に戻して欲しい、と! しかし、血なまぐさいのは嫌だよね~。
さぁ、ナズナお嬢さん。きみならどうする?」
「……びゅーん、ひょい……ですか?」
急に問われて焦ってしまい、我ながら間抜けな答えをしてしまった。
魔法使いさんは一瞬目を見開くと、ははっと盛大に笑った。
「びゅーん、ひょい、ね。それはものを浮き上がらせる魔法だから、なんにせよ今回は使えないかなぁ」
ひとしきり笑い終えると、少し真面目な笑い顔で改めて問われる。
「いったん、魔法抜きでいこう。町のために仕事をしてくれない町長さんを退任させ、みんなに慕われる元町長をその座に返り咲かせる。出来れば、町のみんなの、小さな声を寄せ集めてみーんな使いたいね!」
「……署名、を集めてみる、とか?」
以前屋敷で読んだ本や家庭教師が話して聞かせた知識を頼りに、ぽつりと答えた。
「いいね!署名! 平和的で心輝く! よし、ナズナお嬢さん!」
魔法使いさんは目をきらきらさせて、両手をテーブルにつくと勢いよく立ち上がって言った。
「元町長さんを町長さんにするための署名を集めに行こう!」
こうしてやる気になった魔法使いさんにより、またしてもいつの間にか、トントン拍子でことが進んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!