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草6:ミッションコンプリート!
「あっという間に、集まりましたね」
朝食を食べ終えてから私たちは町中へ繰り出し、元町長さんを町長さんにするための署名を集めてまわった。
途中、お昼休みを取ったり休憩を取ったりで、いつの間にか高いところにあった陽はすでに傾いてきていた。
手元では、町中の住民の署名が分厚い紙の束になっている。
その分厚さから、元町長さんがどれだけ慈愛を持って町のために奉仕してきたか、元町長さんが町の人たちから愛されているかがうかがえる。
「やったねナズナお嬢さん! ミッションコンプリート!」
こんなに自分の力で、足で、手で、何かをしたのはたぶん生まれて初めてだ。町民のほとんどから署名を得ることができたこともあり、なんだか晴れ晴れとした気持ちになった。
しかし、強いて言うのなら、
「途中、色々とあったような気がするのですが……」
あまりにも順調に、あっという間に時間が進んでいくので、ふと思ったことが口からあふれた。
「ふん。この物語も、時間制限や語る者の都合がある、ということさ。そう易々と良い感じの展開がぽんぽんと出てくる分けなかろう」
珍しく、ゴギョーさんが答えてくれる。
時間制限? 都合? どういうことだろう。
「こら、ゴギョーさん。そういう意味深なこと言わないの~」
どうやら、あまりよろしくない答えだったらしい。
「君たち、何をしているんだね」
背後から聞こえてきた冷たい声に、今までの温かい空気が一気に凍り付いた。
振り返ると、黒ずくめの屈強そうな人たちに囲まれた真ん中に、ふくよかな体格の男性がひとり立っている。
「ナズナお嬢さん、あの真ん中の人が、町長だ」
やはり、と思った。目の前の町長さんの周りには、手元の署名から伝わってくるような温かさは微塵もなかった。
「町長さん、ですよね?」
恐る恐る、私は声をかけた。
「いかにも。私はこの町の町長だ。君たち、誰の許可を得てこんなことをしているのだね? 町の中でこの町の者でもない君たちに、勝手をされては困るよ。 速やかに、この町から出て行きたまえ!」
――怖い。
町長さんの言葉の端々から伝わってくる冷たさに、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。小さくなっていく気持ちにつられて、町長さんを見ていられなくなり、目線が下がる。
そこで、手元の署名が目に入った。
私がここで逃げ出したら、この手元の署名は、署名をしてくれた人たちの気持ちはどうなる?
――ここで、逃げるわけにはいかない!
私はぐっと歯を食いしばって顔を上げ、震える声で、しかしはっきりと告げた。
「ここにあるのは、町長さん、あなたの退陣を望み、元町長さんを町長にと願う町の皆さんの声です! ひとりひとりの声は確かに小さいです。町長さんの権力に比べたら、きっと、すごく小さくて。でも、小さな声があつまってこんなに、大きくなっているんです!」
町の者でもない私が何を言っているのかという感じだが、手元の分厚い紙の束をぎゅっと握って町長さんの方に差し出しながら、私は叫んだ。
「町長さん、お願いします! 町長を辞めてください!」
「はっ、何を言っているのかね? 署名? それがどうした? 私は町長を辞める気なんぞ……」
「――まずいねぇ、ゴギョーさん。あと10分しかない」
「――ふん、意味深なことを言うなといってきたのはどこのどいつだ。」
「――こりゃ間に合わないな……。ごめんゴギョーさん! 『びゅーん、ひょい!』でお願い☆」
私と町長さんが真面目に言い合っている後ろで、魔法使いさんとゴギョーさんの何とも気の抜けたこそこそ話がかすかに聞こえてきた。
ひとが真面目に立ち向かっているときにいったい何を話しているのか、と思っていると、目の前の町長さんの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「き、貴様ら、何をした!!」
町長さんは何かにおびえるように、こちらを見ている。こちらといっても、なんだか焦点が合っていないような気がする。
「分かった! 分かった!! 町長はこの瞬間に辞任する! 元町長の復権も邪魔しない! それでいいだろう!」
なんだか良くわからないうちに、どうやら私の《試練》は達成されたらしい。
後ろを振り返ると、にこにこと笑う魔法使いさんと、とっても不機嫌そうなゴギョーさんがいた。
「さぁナズナお嬢さん! あと3分だ! 屋敷に帰ろう!」
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