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草7:レベルアップしたお嬢様
パチンッ!
魔法使いさんが指を鳴らすと、次の瞬間、私がいたのは見慣れた私の部屋だった。服まで元に戻っている。
「相変わらず、魔法使いさんの魔法はすごいですね」
「まぁね~。魔法使いさんだからね☆」
そんなに長い時を一緒に過ごしたわけではないけれど、ともに《試練》を乗り越えた一日は魔法使いさんの明るさを笑えるくらいに私の心を解きほぐしていた。
「いやー、きみの適応力には驚いたよ。通りで試練に選ばれるわけだ。きみ、単なるお嬢様じゃないね?きっとこれから大物になるよ!」
そう言って魔法使いさんは楽しそうに笑っている。
「あの、魔法使いさん」
「ん? なんだい、ナズナお嬢さん。」
「試練はこれで終わったんですよね?私はこれからどうしたら……」
とんでもないことに巻き込まれてしまったのだ。これからどうなっていくのか、急に不安が襲ってくる。
すると、魔法使いさんは私を安心させるようにそっと微笑んで言った。
「大丈夫。
もうしばらくすると、ノックの音がする。きみはそれに答えて、ドアを開ける。
扉の向こうにはきみのメイドの水落ムギさんがいるはずだから、まずはその最後まで締め切っていないファスナーを上げてもらって、その後は……、そうだね。いつもよりちょっと豪華に髪を結うのを手伝ってもらうといい。」
え? それは、まるで魔法使いさんと出会うよりも前の予定だ。
「そうこうしているうちに、夕食の用意が出来たと知らせが入るはずだから、きみはそのまま、お父上とお母上とともに夕食を楽しんでおいで。
きっとおしゃべりに夢中になって疲れ果ててしまうだろうから、今日は早めにベッドへ入って、しっかり休むんだよ。
朝になれば、なんてことはない。いつもの毎日が来るはずさ!
大丈夫。
きみが何を忘れてしまっても、まっさらな白紙に戻るわけじゃない。きみの心は、僕たちの出会いをちゃんと覚えているはずだよ」
“なんだかお別れの言葉みたいに聞こえますよ”と言いかけたところで、ドアがノックされた。
「ほらほら、答えて! ドアを開ける!」
先を促すように、魔法使いさんは私の背中を押した。
「はい!」
促されるままドアノブに手をかける。扉を開きかけたところにふっと、「さようなら」という声が聞こえた気がして慌てて振り向くと、耳元に魔法使いさんの声が聞こえた。
――僕はしがない大根役者。最初の拉致は僕が目立つための演出でした! 怖がらせてごめんねっ☆
振り返った視線の先に、すでに人影はなかった。
「お嬢様?」
扉を開け、部屋の中を見たままぼーっとしている私を見て、水落が声をかけてきた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ。構いませんが……お嬢様、何かございましたか? 何やらお顔付きが急にしっかりされたような」
「え?」
メイドに指摘され、そんなに今まで頼りない顔をしていたのだろうかとおかしくなってしまった。
「あはは、水落が指摘するのだから、本当にきっと何か違うのね。ははっ。あーおかしい! まるで夢見たい!」
「あの、お嬢様?」
「ごめんなさい。何でもないわ! 今夜はお父様との夕食よね?」
「ええ、左様にございます」
どうやら、本当に時間が進んでいないらしい。大きな力とは、たいしたものだ。
「水落、ここのファスナーが最後まで上げられないの。手伝ってくれる? その後、出来れば髪を結うのも」
「承知いたしました」
メイドとともに夕食へ向かう支度を進めるうちに、まるで今までのことが夢のようにおぼろげになっていく。
屋敷の外から、ニャーという声がひとつ、聞こえてきた。
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