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草1:1000万ドルの少女
ぼんやりしていた意識が戻ってくる。
――確か今日はお父様が早く帰って来るからって、お母様がお夕食を楽しみにしていて……
――そうだ、お夕食に遅れてしまうといけないから、今日は早めに部屋で支度をしたんだ。
夕食用のナイトドレスのファスナーに苦戦して、幼い頃からの従者であるメイドの水落を呼んで、ノックされたドアを開いたところまでは覚えている。
しかし、その後が思い出せない。
意識がはっきりしてくると、自分が異常な状況下にあることに気づき始めた。
――目隠し? ……いいえ、なにかかぶせられてるのね。真っ暗で何も見えないし、それに手足も結ばれていて動かせない!?
自慢ではないが、それなりに、わりと、けっこう裕福な環境で育ってきたと思っている。
そんなこれまでの人生で、目隠しをされ、後ろ手に結ばれ、両足も自由がきかないなんて経験、もちろんしたことはない。
――なんなのこれ!
次第に周りの音も耳に入ってくるようになる。
ざわざわと、たくさんの人の声が入り交じった雑音。
時折響く木槌のような音。
「――9万! 9万5千! 10万!」
コンコンッ!
「10万ドル! 10万ドル! さぁ、もっと出せる人はいますか?」
周りから聞こえて来る声が何を言っているのか、だんだんと理解出来てくる。
――オークション?
何を売り買いしているのか……と考えたところで、最悪の想像が頭をかすめる。
――いや、まさかね?
自分がしてしまった想像を自分で否定して、いったん落ち着く。
「他にいらっしゃいませんか? ではこちらの商品、10万ドルで23番のマダムに決定いたします!」
コンコンッ!
「さーて、次は今日の目玉! こんなに良い品、次はいつ入ってくるか分かりません! 皆さんよくお聞きください! 栗色の髪に揃いの瞳、透き通った肌と薄紅の頬、整った顔立ちは逸品! 年の頃もちょうど良く、清廉潔白な少女! 1000万ドルから開始!」
まさに私自身を表すかのような特徴の数々が高らかに放たれ、背筋が凍った。一気に恐怖が駆け抜ける。
「さぁいかがでしょう!」
コンコンッ!
いっそ気持ちいいほどに響く木槌の音ともに、目の前が明るくなる。
目の前に広がるのは、仮面をつけた人、人、人。
その全てから、好奇の目がこちらに向けられていることを感じる。
――売られる……!
その時、絶望の本当の意味を理解した気がした。
どうしてこんなことになっているのか、なぜ私なのか、全く分からなかった。
恐怖に縛られ、瞬きさえろくに出来ずにいると、木槌を持ったディーラーらしい男が近づいてきて、私の耳元で笑いをこらえるような声で小さく話しかけてきた。
「くくっ。お嬢さん、売られる気持ちはいかがかな? さぁ、その清廉さはいつまでもつかな?いつまで高貴でいられるかな? たのしみだねぇ。くくっ」
なぜこんな目に遭わなければいけないのか、全く理解出来ないところにぶつけられた言葉に、涙がこぼれてきた。いつの間にか変わっていた服に、涙がしみを作る。
泣いたところでどうにもならないだろう。
でも、誰か。
――助けて!
声にもならない声が漏れたとき、部屋のドアが大きな音を立てて開かれた。
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