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「マジ。」思わず声が漏れた。
西野蒼太。
罰ゲームか。今日はハロウィンだったか。
おじさんだと思ったが、違かった。西野がこの状況になった訳合を並べるが断定できるようなものは思い浮かばない。
西野はサッカー部。そして私のクラスメイトで私の隣の席に座っている。サッカー部というのはその部活名だけでプレミアがつく存在で、実際魔界のメンバーから人気があった。西野はフレンドリーで顔も整っている。初めて西野と話したのは私が遅刻をした時。西野が声をかけてくれた。それはありきたりな挨拶だったが、笑った時に見える八重歯は特徴的で誰だって西野の顔を一度見たら忘れはしないだろうな、と思ったのを覚えている。私が何も言えずに固まっていると、西野は少し戸惑ってから八重歯を見せ笑った。
「よう。塩田…。驚いたっしょ。」
やっぱりこの八重歯は西野だ。しかし、西野は何をどう驚いたと聞いているのだ。自分の姿が驚かれると客観的に判断して言っているのか。それともやっぱり罰ゲームで自分も驚いているからそう言ったのか。理解が追いつかず様々な情報と思考が絡み合う。
西野は八重歯をしまった後目線を足元に移した。少し小さくなった西野を見ていると申し訳ない気持ちと後悔が込み上げてきた。
「ちょっと驚いたなあ。メ、メイクすごいね〜。」
何か言わなければと焦ったのだが、でてきたのはこんな言葉だ。私はいつも気が利かない。この言葉の後に何か話題が広がるようには思えない。
しかし、正面から見ると本当にひどいメイクだ。目の周りは黒い線で雑に囲まれていて不気味だし、肌は厚塗りで十年は歳をとっているように見える。しかも首との色の差が酷く白浮きしているではないか。八重歯がなければ、近くに寄らなければ、おじさんだと言われ兼ねない。
「ああ。このメイク?俺メイクするのめっちゃ苦手でさ、ちょっと変でしょ」
「うん。ちょっとね。でもさ、遠くから見たら西野だって気づかないし願ったり叶ったりかもよ…。多分」
「塩田は辛辣だな。ほら俺、絵とか描くの苦手じゃん。だから全然上手くならなくて」
美術の時間、描いた絵を茶化されていた西野が脳裏を過ぎる。
「そういえば、そうだったね。」
暫く沈黙が流れる。走った時にかいた汗の上に冷や汗が追加された。
「そ、その服かわいいね。」
「ああ、これ?これはさコスプレなんだよ。みんな女装って言うけど。知ってる?ポリキュア。可愛いっしょ。このサイズ見つけるの大変だったんだよね。」
ポリキュアは女児向けヒーロー戦士のアニメだ。私も幼稚園の時は姉と一緒にごっこあそびをした。まさか女装ではなくてコスプレだったと誰が予想したものか。
「そ、そうなんだ〜。似合ってる。」
こう言う時は似合ってるとか可愛いとか肯定的な言葉ばかりがでてきてしまう。本心じゃないでしょ。どこかで声がする。そんなの気にしてられるか。一刻も早くこの場から離れなければ。息が詰まって窒息死しそうだ。これ以上私から話しかけることなど、崖から飛び降りるほど根性が必要なのです。このことは墓まで持っていきますから西野。
「あ、じゃあ私そろそろ行くね。」
「あっ!まって塩田」西野は私の手首を掴み続ける。「メイク好きでしょ。教えてよ」
全身の毛穴が一瞬で縮む。その後反動のように毛穴は開き、体が熱くなった。なぜそれを知っているのか。一瞬で頭は真っ白だ。
「え、別に知らない。今日だってほらすっぴんだし。ほらあ、私って毎日そうだよ。親も厳しいし。ていうか私全然可愛くないし、メイクなんかしたら笑われちゃうよー」
息をするのを忘れる。口を開けば開くほど逃げ場がなくなる。たった一度だ。メイクをして外を出たのは。
私は外国人のようなメイクが大好きだ。キリッと上に上がったアイライナーは私を強く見せてくれる気がするし、真っ赤なリップは私の隠れた欲望とか情熱とかそう言うのを表してくれる気がする。私を窮屈な場所から連れ出してくれるメイク。そのメイクをした、たった一度の外出を西野に見られたと言うのか。絶対にバレない自信があった。服装だって脚を大胆に見せるスカートに胸元が見えるトップスだったし。行き先は都内のデパートで、少し高価な口紅を買っただけで寄り道もしていない。
「そっか〜、無理ならいいや。」
必死で否定する私をじっと見つめたあと、西野は私の手首を離した。目は冷たかった。侮蔑にも似た感情が伝わってくる。恥ずかしい。
ピンクのワンピースのおっさんが学校で話題になっていることを西野は知っていただろう。それでも今日もまたこのメイクとふりふりのワンピースをまとって西野はここにやってきたのだ。私の自己表現なんて西野に比べたらこの足元に転がっている石レベルだろう。『別に仲良くないよ』また愛衣の声が聞こえて私の何かが駆り立てた。
川を眺める西野に向かって私は言う。
「あっ、あ、やっぱり、うん。好きだよ。得意だよ。メイク。だ、だから教えてあげるよ」
自分でも分かるほど不自然な笑顔を貼り付ける。
「まじ?やった。ありがとう」
そういって西野は思いっきり笑った。西野の厚塗りの肌にはシワが寄ってファンデーションがポロポロと崩れた。
夕日は沈みあたりからは虫の鳴き声が聞こえてきた。もう耳障りな蝉の鳴き声は聞こえない。
「ねえ、聞いてもいい?」西野は言う。
「うん。」私は体に力を入れる。
「なんで上履きなの?」
「え」足元に目をやると、ゴムの部分の青色が砂で汚れている上履きを私は履いていた。
「きゃああー!ちょっ、ちょっと嫌なことがあって学校飛び出してきたの!」
「上履きでぇ?」西野は笑う。
「うん、そう!っていうか荷物も学校だ!」
「荷物もかよ…。学校が閉まるまで後五分だぞ。」
コスプレ中の西野に別れを告げ、私は豆鉄砲のように学校へ戻った。しかし校門は施錠されていた。近くを通ったバスケ部の先輩は「もう入れないよー」と私に言った後、友達との話に戻っていった。
仕方がないので、携帯も財布も勉強道具も全部学校に置いたまま、上履きを履いて私は帰った。
帰り道、西野のことを考えた。西野は私がメイクを好きだと見破った理由を言わなかった。私もそれを聞き出すほどの度胸やコミュニケーション能力など持ち合わせ得ていなかった。
クラスの中心人物が羽目を外した時、手助けをするのはいつも西野だった。クラスで何かこなす時もそっと後ろで手を添えるような存在が西野。私がひとりぼっちの時は、魔界に目がつけられないように適度に話しかけてくれる。
西野は何を思ってコスプレをするのだろうか。やはり西野の学校生活は西野にとっては息苦しいものなのか。西野の雰囲気は昔の姉と似ている気がした。
家に帰った後私はすぐベットに倒れ込んだ。今日はいろいろなことがあったから疲れたのだ。久しぶりに姉のいる部屋に顔を向けて寝た。
次の日、私は西野が来るまで落ち着かなかった。昨日の話題を振られたらどう対処すれいいのか不安があった。あまりに落ち着かないので西野が来るまでの間誰がどの席に座っているのか、誰が誰にどのように挨拶をしているのか、クラスメイトの一つ一つの言動を観察してみた。
挨拶した後に続く小話、昨日見たテレビの話。たった十分の間に私の目の前にはコミュニケーションの海がうごめいていた。
こんなことを気にしたことがなかった。
いつも私が見ていたのは木目がついている机か自分の世界ばかりだったんだ。今、愛衣が遠くにいってしまった悲壮を忘れられずにいられたのは、私が今まで気づかなかった外の景色を見たからかもしれない。
西野はホームルームのチャイムが鳴る少し前にやってきた。西野はすれ違う同級生に片っ端から挨拶をして、最後に私に挨拶をして隣の席に座った。
西野と愛衣はいつも通りだった。いつもと同じ量の会話と挨拶。私だけが浮いた気分で皆んなは普通。なんだか誰も知らない世界に一人やってきてしまった気分だ。国語の授業中に西野が部活が終わった後、自宅でメイクの練習をしないかと言うので私は承諾した。
奇遇なことに私が放課後、勉強を切り上げる時間と西野が部活を終える時間は同じくらいだった。万が一に備えてメイク用品を持ってきたので学校から直接西野の家にお邪魔することにした。メイク用品は母に没収されずに済んだもので種類が少なかったが、基本的なメイクに必要なものは揃っている。
男子の家に入るのは初めてだが、お互いに恋愛感情など抱かないということを心の隅で感じていることもあってか緊張や焦りなどは抱かなかった。私と西野は昨日と同じ川原で待ち合わせをした。私は早めについてしまっていたため、待っている間は携帯で西野のコスプレ対象のキャラクターの情報収集などをした。アイシャドウを何色にするとか、眉毛の形などを考えている時間は楽しかった。
西野は河原に着くと「わり〜わり〜」と手を振りながら走ってきた。空は紅く染まっていた。
昨日と同じ情景なのに西野は全く違う。制服姿。半袖のワイシャツは、暑いからか袖を巻いてノースリーブ状にしている。好少年。きっと今、昨日見た西野は赤の他人だと言われたら私は信じるだろう。
私は西野の後ろをついて歩いた。私たちの影は縦に伸びていく。西野は気を利かせて、好きな教科や誕生日など様々な質問を投げかけてくれたので昨日のような重い沈黙は流れず、私の冷や汗も流れることはなかった。私は西野の影を踏みながら、西野の質問にポツポツと答えることしかできなかった。
「家、ついたよ」
西野の声で私は家を見上げた。外観はありきたりな家だった。
西野がチャイムを鳴らすと、母親らしき人物が八重歯を見せて「いらっしゃい」と笑った。目元が西野にそっくりだ。八重歯も。
「お邪魔します。」
私は気の利いた世間話などできずに西野の後ろについて歩いた。階段が終わると左側の扉を西野は慣れた手つきで開けた。開けた勢いで廊下の空気とは変わって冷たい空気が肌を刺す。友達が来ることを事前に母親に告げていたのか冷房がついていていたようだ。
一歩部屋に入るとかなり寒いことに気づく。男子はこれほど部屋を冷やすのか。ここに何時間もいたら凍え死んでしまう。すると西野は私の心を読んだのか「あ、寒い?母さんにはこの部屋は寒いって言われるんだ。悪いな。」と言って冷房の設定温度を上げた。
部屋の中は男子高校生を代表としたような部屋だった。私には兄や弟はいないが、ドラマや漫画で見たことがあるのはこういう無機質な変哲もない空間に少し生活感のあるものが置かれている部屋。
生鉄のポールの本棚には漫画、制汗剤、サッカーボール、イルカの置物が置いてあった。大きな学習机にはプリントが散乱していて生活感がある。窓からは夕日が差し込んでいた。コスプレが趣味の男子高校生の部屋には思えない。きっと西野は母親に秘密にしているのだろう。こういうところも西野は抜かりがないのだろうと感心する。
「で、早速なんだけど俺の化粧品たちを紹介します。」
西野は部屋に鍵をかけた後、顔を緩めて言った。そして、学習机の引き出しに手をかけ、鍵を開けた。
西野は持っているドラックストアに売っているファンデーションやアイライナーやチークなどの説明した。それはどれも質が悪いものではなくて、その中には私も使っているものがいくつかあった。
私は西野の説明に「それ私も持ってる」とか「それ私も試してみたかった」などと反応しながら聞いた。
「でどうかな俺の持っているもの。やっぱり物が悪いのかな。」
「別に悪い物は持ってないと思う。多分問題はメイクの仕方じゃないかなって思うんだ」
「やっぱりそうか。」
「とりあえず、メイクの様子を見せて欲しいな。」
「おう。ちょっと恥ずかしいけど。」
ちっとも恥ずかしくなさそうに西野は言った。
唖然とした。
もしかしたら口が空いていたかもしれない。
西野のメイクは一言で言うとやばかった。
リキッドタイプのファンデーションの上から粉のファンデーションを何重にも塗った。そもそも顔につける化粧の量が多い。これでは時間が経つと日光によって劣化したペンキのように剥がれ落ちるだろう。しかも皮脂量の多い男子となれば、毛穴が塞がれてニキビの原因ともなりかねない。
目周りのメイクでは、「ここは自信があるんだ」と言ってアイライナーで目元を真っ黒に囲んだ。妖怪。おばけ。パンダ。一種の現代美術にも見える。
「西野〜、言いたいことがたくさんあるよ。」
私は心の中で腕まくりをした。
こうして私は二時間みっちり用品の名前や機能、私が知っているメイクについての情報を全て西野に説明した。西野は飽きることなく最後まで真剣に私の話を聞いてくれた。
家を出る時、西野のお母さんは「ご飯食べていけば?」と聞いてくれたが、食事中の会話を思うと胃が痛くなったので丁重にお断りした。
こうして私は西野の家に平日はお邪魔することになった。
私は西野が買えるメイク用品を集めたり、家では母に気づかれないようにメイクの練習をした。
その間、西野は、
コスプレを部活後にやると言うこと。
中野川のトイレでメイクと着替えを済ませて川でのみコスプレ姿でいること。
ポリキュアは幼少期から好きであったが、それを告白した際に母親に怒られ、それからは心に留めていたこと。
コスプレは今年の春から始めたと言うこと。
好きな食べ物は豚タンであること。などを教えてくれた。
そして、ポリキュアの衣装はクローゼットの右の一番下に透明のプラスティックケースに入れているらしく、持っている衣装はこの一着のみだが、かなりの高額出費だったことも教えてくれた。その時の西野は少し照れ臭そうに見えた。
あとは二人にとって冷房は二十五度がちょうどいいということを知った。
西野の家に通って一週間がたった。
西野のメイク力は段々と上達していき、私が教えるのは西野に合う色の配色だったり、アイシャドウの様々な塗り方だったりになっていった。
この一週間私はメイクをした自分を西野に見せていない。それなのに西野は何も言わない。それは何故か。単に興味がないからか。私が考え込んでいると、西野は突然質問を投げかけてきた。
「なあ、塩田って最近あのグループと一緒にいないよなー。なんかあったのー?」
あのグループとは魔界のことだろう。特に探りを入れて来たわけでは無さそうだった。興味本位か世間話程度に質問したのだろうと予測する。ここは当たり障りのない返事を。
「ちょっと馬が合わないんだ。べつに何かあったわけじゃないよ。」
「そうなんだ。でも飯田がいるしな。」
飯田は愛衣だ。
「愛衣は優しいよ。嫌いでも私が一人にならないように一緒にいてくれるもん。西野は友達が多くて私はいつも羨ましいよ。」
「まあ、俺は部活やってるし勝手に人脈広がっていくんだよ。てかさ、飯田は塩田が好きだよ。嫌いなわけねえって。そうやって決めつけるの良くないと思うぜ。」
嫌な予感がした。愛衣の事を触れられたら止められない気がしたのだ。
「違うよ、私聞いたの。愛衣が私のこと別に仲良くないって言ってるの。」
「え。そうなの、どこで」
西野は左側の眉毛を描いていた手を止めた。
「本当だよ。この前、川で会った日に仲良い人達とそう言ってるのトイレで聞いたんだ」
「ああ、あのメンバーにいたんだな。仕方ねえな。なんとなく想像できるよ」
「仕方ないってなに?私は傷ついたんだよ。」
「そりゃあ、飯田も悪いと思うけどさ、周りはお前の愚痴を言ってる中、自分だけ反論なんてできねえだろ。友達ならさ、それくらい許してやったらいいと思うよ。」
西野は軽々しく言う。女の友情のことを知らないくせに。
「待って。なにそれ。周りが私の愚痴言ってるならそれに賛同してもいいってこと?私が悪いってこと?私には愛衣しかいないんだよ、うちの家は西野とか愛衣みたいに平和じゃないの。お母さんも私を見なくって、それでたった一人の友人に裏切られた私の気持ちが西野にわかるの!?」
自然と口調が荒くなる。
「塩田さあ。愛衣愛衣って。自分が与えてもらいたいばっかりで塩田は飯田に何か与えたのか。やってもらうだけが当たり前なんてそんなの本当の友達って言わないと思うな。そりゃあ飯田が悪くないとは言わない。でも飯田の気持ちを考えてやってもいいんじゃねえの。塩田の家庭事情とか知らないけど、友達って依存対象じゃないと思うぜ。まあ俺が首をつっこむ問題ではないからこれ以上は言わねえけどさ。」
そういうと西野は右側の眉毛も描き始めた。
「西野に何がわかるの。西野に。」
西野は再び手を止めて私を見つめた。私は続ける。
「お昼ご飯を一人で食べる気持ちが西野にわかるの?今にも壊れそうな家族で生活する気持ちとか!好きなもの取られる気持ちとか!なんでも上手く言ってる西野には分からないよね!?」
声を荒げ、肩が揺れる。視界も揺れる。
「そうだね。俺はなにも分からないよ。
でも、飯田が愛想つくなら、そういうところじゃねえの。」
はっとする。愛衣が私に愛想をつく理由。私の悪いところ。昔、愛衣に指摘されたことがある。でも忘れてしまった。その時は、愛衣が間違っているとばかり思っていたから。なんだったか。
突然それを思い出さなければならないという使命感に駆られ、私は持ってきた化粧品をリュックに突っ込んだ。
「今日は帰る。」
西野の顔を見ずに、階段を駆け降りて外に出た。暗くてむし暑かった。道路に沿って電灯がポツポツと光っている。私は気怠げに歩き出した。
「おい!!!塩田!」
玄関が開き、西野の叫び声がきこえる。
私は後ろを振り返り、呆然と西野が裸足で駆け出してくる姿を眺めた。
「わりい。言いすぎたよ。何も知らないのにごめん。」
「別に。」
私は西野の顔を見るのが嫌で西野の素足を見た。日に焼けたこげ茶の皮膚と靴下で隠されていたからか、白いままになっている皮膚。その相対を見る。
「今日さ、本当は言いたいことあって。それで前置きみたいな感じで飯田とかの話を持ち出したんだよ。センスねえよな俺。」
「別に。」
今度は西野のゴツゴツした足の形を見る。この足の形は確かこれギリシャ型っていうんだよな。愛衣もギリシャ型だったなあ。
「その言いたいことってさ、俺、文化祭でコスプレすることになったんだよ」
「は?」
思わず見たくもなかった西野の顔を見てしまう。
「ふふーん、俺のコスプレ姿、噂で『願いを叶えるおっさん』って言われてるの知ってる?」
西野は誇らしげに言う。険しい顔を向け私は頷く。
「なら話が早い!!今日部活中に文化祭でサッカー部の出し物どうするかって話になったの。そしたら部長がそのおっさんをやるのはどうかって言い出して、それだったらポリキュアのコスプレはどうですか?って俺が提案したわけ。それで決定したの。」
文化祭では後夜祭に各部活は出し物をする予定だ。演劇やカラオケ、ギャグ。後夜祭に参加する生徒は毎年楽しみにしている。特にサッカー部となったら注目度はかなり高いだろう。
「それで…いいの?」
遠くでひぐらしの鳴き声が聞こえる。夏もそろそろ終わりか。
「なにが?」
「なにがって、西野…それって、ネタで出場するってことだよね?つまり笑われることを前提としてコスプレをするってことだよね?それでいいの?西野は本気で、本当に楽しくてコスプレしてるんだよね?」
西野は私の気持ちとは違って、迷いない顔をしていた。
電灯が西野の顔を照らしてツンと上がった鼻の影を顔に印字していた。
部屋を出るときは必ずメイクを落とす西野。
今日は飛び出したのか片方の眉毛のみが描かれている。
「いいんだよ。それで。俺はいつも変わらず本気だよ。周りがそれを笑いにしようが、馬鹿にしようが関係ない。周りの反応なんて関係ない。俺はただ楽しんでコスプレをするだけ。今日は俺を表現できる場を手に入れることができて嬉しくってさ、塩田に伝えたわけ。」
私は随分見当違いなことを言ってしまったのか。しかし私の心の内は複雑であった。
「そう…。教えてくれてありがとう。おめでとう。」
「ありがとう!でさ、その練習が明日からあるから、メイクの練習は暫く休みにしたいなって思ったんだ。昨日、塩田そろそろ基本的なことはできてるって言ってたじゃん?」
「そう…分かった。頑張れ」
西野はありがとうと言った後、家まで送ろうかと提案してくれたが断った。
心の隙間から風がビュービュー入ってくる音がした。それはなんだろうか。寂しさではない。なんだろうか。愛衣の事なのか西野の事なのか分からない。ただ、今は一人でいたいと思った。
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