魔法を使わない魔法使い

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 その魔法使いはある日突然私の村の郊外にやってきて、何も無かった丘の上に「古びた小屋」を建てたと言うと云う。新築ではない古びた小屋が突然現れたので、当時私の父を始め村人たちは大変混乱したそうだ。  翌日、魔法使いは村を訪れ、村長に郊外に住まう許可を求めた。村長は何かあった時に魔法使いが村に助力すると言う条件付で住まう事を許可した。  魔法使い!  村中は騒然となった。たまに村に立ち寄る吟遊詩人の話の中でしか聞いた事がない、物語の中の存在!  噂では巨大な悪魔をも召喚し、地震で石造りの建物を破壊し、掌からほとばしる光の矢は大型の獣すら一撃で黒焦げにするという魔法使い!  しかしこの驚きはさして永く続かず、私が物心付く頃には既に単なる好々爺として認識されていた。伝え聞くところによると、村人はこの様にして失望していったようだ。  まず彼は郊外に居住する事が許されると、村人にささやかな贈り物をしたいと申し出たと言う。村人は歓喜した……きっと光の矢を打ち出す巻物や魔法の指輪、食べ物が際限なく出てくる魔法のテーブルクロス……こんな物を贈られるに相違ない。  しかし魔法使いが贈ったのは、非常に立派な、キラキラと輝く、鱒だった。間違いではない、鱒である。魚の。  綺麗な色をした魚を各家に配って歩く魔法使いに、各家のご婦人は「別の意味で」驚いたと言う。  私がまだ物心付くかつかないかの幼い時、幼馴染が重い病に罹った事がある。村長は約束を果たしてもらいたいと魔法使いの家を尋ねて懇願した。魔法使いは杖を持ち、ふむと頷いて病人の待つ家に向かった。  そして子供の顔を見て、脈をはかり……そのまま山に消えていった。その部分だけは私も妙に鮮明に思い出せるのだが、魔法でチチンプイと病気を治してくれるものと思い込んでいた子供の両親……とりわけ母親はその場に伏して物凄い勢いで泣き出してしまった!  暫くの後、魔法使いはローブを泥だらけにして村に戻り、井戸で何かを良く洗い、ついでにローブも水で洗い、びしょびしょの姿で病人の家に戻ってきた。  そしてくしゃみをしながらすり鉢で何かの草をすり潰し、ポーチから何かの粉を加え、更に酒でそれを練り合わせて子供に飲ませた。そして、「多分」これで大丈夫だろうと告げてくしゃみをしつつ家に帰った。私も子供心に「情けない爺さんだなぁ」と思った事を覚えている。  2〜3日で子供の病は治った。子供の両親が魔法使いに礼を述べに古びた小屋を訪ねたところ、魔法使いは自分の風邪を悪化させて寝込んでいた。  魔法使いとしてはともかく、人格的には非常に魅力的ではあったので、彼は村の生活にすぐ馴染んでいった。村人も魔法使いであると言う話は忘れ、時に野菜を分けてやり、家畜を屠った際にはしばしば肉も分け与えた。村人の内の幾人かは子供を魔法使いにしてもらおうと掛け合ったが、彼は魔法の事を教えずに書の読み方や薬草の見分け方……そんな事を子供たちに教え、むしろ山歩きや畑仕事を多くやらせた。無論飽きっぽい子供たちはすぐにそれらの作業に飽き、長続きするものは無かった……私を除いてだが。  そう、私も彼の学校に通った子供の一人なのだ。  私は実家の畑仕事の手伝いより魔法使いの家の野菜の面倒を見るほうが楽だったので、魔法使いの学校に残った。(実家は余り裕福な家ではなかったのだ)  確かに農作業や薬草取りは疲れたが、家で野良作業させられるよりは若干楽。作業の合間に魔法使いが教えてくれる幾つかの話もよくよく聞けば中々面白かったし、興味深くフンフンと首を振りつつ話を聞く私を見て、魔法使いは大層嬉しそうにしてくれた。  じきに、私は魔法学の基礎を魔法使いから習うようになっていた。思えば正式に弟子として認められたのはこの頃だったのだろう。魔法の実習や研修中も薬草の見分け方や文字の書き方、本の読み方などは継続して継続して仕込まれた。ずばり言って私が今現在も書写の技やアルケミストの技を得意とし、あまり魔法の技は得意ではないのはこの頃の修行の成果と言っていいだろう。  師匠もまた変わった人で……魔法の実習の際も実際に自分で魔法を使って見せる事は無かった。私が師匠の魔法を見たのはたった一回だけ。嵐の日の夜更けにランプの炎が消え、家の中が真っ暗になった時、師匠は離れた場所からランプを再度点して見せた。全くの暗闇の中の出来事であり、当時私は夜目(ナイトサイト)も唱える事ができなかったので、師匠が何をしたのか私には全く判らなかった……そこで「何したんです? 師匠」と聞いた時、師匠は本から目を離さず「魔法さ」とだけ答え、私は本当に師匠が魔法使いである事を思い出した。  それ以降、今に至るまで私は師匠が魔法を使う姿を見たことが無い。  私が初めて自分で魔法を唱える事ができたその日、師匠は祝いの席を設けてくれた。普段は余り喋らない師匠ではあるが、この日は大いに飲み、食べ、いくらか饒舌になっていた。  これを機とばかりに私は尋ねた。何で師匠は魔法を使わないんですかと。 今でも師匠の言葉を鮮明に思い出せる…… 「いいか、パイレミン。 お前も見てきた通り、魔法使いに憧れる者は多いが、魔法使いになれるものは非常に少ない。  お前の友人たちを見てみろ。ハインツは今では所帯を持って麦畑を切り盛りしているし、ビートはいつの間にかキコリになってしまった。  多くの人に、魔法の素養は無い。あってもそれを学ぶより、他の仕事で頑張ったほうが世間の為になる事もあるんだ。  それなのに…何か困った事が起きた時、魔法で何とかすると言う癖が付いたら、どうなる?  私だって物語の中の魔法使いの様に永遠に生きる訳ではない。いつかは死ぬしもしかしたら旅に出るかもしれない。私の魔法がなくなった時、私の魔法を頼りにしていた人たちは、困難にどうやって立ち向かう?  クレアも今じゃ二児の母だが一応一通りの薬草の知識を習得した……忘れてなければいいがな。もしも子供が熱でも出したら、多分彼女は昔を思い出して熱さましの薬を作るだろう。必死な母親と言うのは奇跡さえ引き起こせるものだ。  ビートもあれで錬金術の基本は忘れていないらしい。たまに自宅でリフレッシュポーションを作ってきこりの疲れを癒しているとヘレンが愚痴をこぼしていた。秘薬代がバカにならんとさ。  彼らは魔法を使えないが……困難に立ち向かう方法を私から学んで行った。私も魔法を用いずにこの村で起きた厄介ごとを片付けてきた。  だったら、私が居なくなっても当分この村が本当の危機に陥る事はないだろう。何とかなる。しかし彼らの力で本当にどうしようもなくなった時……今度村を助けるのはお前になるんだぞ、パイレミン。 言いたい事は判るな? 簡単に魔法でチチンプイと片付けるな。魔法無しで何とかする方法をまず最初に試すんだぞ」 「師匠魔法で何かしたこと無いじゃないですか!」冗談めかして師匠を非難すると、師匠はニコリと破顔してこう答えた。 「脳味噌筋肉のお前に魔法を仕込めたのが、私の最高の魔法さ」
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