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第2話 こんなところでそんな話をしないでいただきたい。
あたしはいつものように、荷物の中から手帳を取り出した。
テーブルの上はほとんど片付いていて、残るはデザートのチーズケーキと食後のお茶を待つのみである。
手帳を開き、今日の活動を記録していく。書くのは日本語だ。日本人どころか、ありとあらゆる国からの転移者が数十年に一人から二人程現れるこの世界で、日本語はそこまで珍しい文字では無かったりする。なので、本当の機密情報ならこんなところで書いたりしない。
今日受けた依頼、今日倒した魔物、気付いた事を思い出せるだけ、あとは利益。
あたしの冒険者ノートの内容はかなり充実してきている。さすがに組合の情報ほどじゃないけれど、依頼の度に魔物の弱点だとか、生息地だとかを聞くのは面倒くさい。
「ふぅむ………」
貯蓄額のページであたしは少し悩む。あんまり贅沢しなければ、市内にそこそこのお家を買って、治療院でも開いて細々やっていけるだけの貯蓄はできただろうか………。まだまだ足りないだろうか………いつ、自分が動けなくなるかなんて誰にもわからないので、貯蓄は出来るときにしておきたい。
ああ、でもそろそろ防具を買い換えたいんだよね。借りている倉庫の更新はいつだったかな? とすれば、もっと稼がないとダメかも。
………ま、冒険者をやめるつもりはまだまだ無いんだけどね。
冒険者業っていうのは楽しい。
好きなところに行って、自由に振る舞い、目についた獲物を倒せばそれだけで収入になる。
もちろん、なりたての最初は大変だった。一番弱いっていう魔物相手に半べそかきながら半日以上格闘してた。でも、今はそこそこに実力がついている。無理さえ、怪我さえしなければ、このまま楽しく過ごせることは間違いない。将来的には治療院でも開設して、穏やかに暮らせたらいいなと考えているけれど、まだまだ遊んでいたい。
そこまで考えてから、あたしはガラスに映った姿越しに、お隣席の『パーティー』へそれとなく意識を向ける。
………いいなぁ、『パーティー』。
あたしはソロだ。ずっとソロでやってきて、たぶん、これからもソロなんだろうなって、なんとなく思う。
友達………と言えるかどうかはわからないけれど、何人か冒険者だったり、市民の知り合いはいる。
けど、あたしは仲間というものが欲しい。なんで誰もパーティー入りを誘ってくれないんだろう。どうやったらパーティーメンバーを見つけられるのかさえ、あたしにはわからない。
先輩冒険者には「気が合いそうな奴を見つけたら、『パーティー組みましょう』って言うだけだよ」て言われたけど、そもそも『気が合いそうな奴』って何!?どういうこと!?
気が合わなかったら解散って言えるもの!?絶対言えない自信しか無いんですけど!?胃を痛めながら活動してる未来しか見えないんですけど!?
「お待たせ致しました」
「ありがとう」
デザートが届いた。早速あたしはチーズケーキをお口に運ぶ。
………美味しい………このために生きてる………。
冒険者っていうのはよく食べ、よく飲む生き物だ。あたしは少食なほうと言っていい。だから、デザートをホールで食べてたって問題ない筈だ。たぶん。
そうだ、リルカの実を明日は取りに行こうかな。リルカは栽培の難しい木で、そこそこにモンスターの徘徊する地域に生えている。採取するにはある程度の腕前が必要なわけで、リルカの実のタルトがわたしは食べたい。
ちょっとやかましかったお隣さん席の雰囲気が静か………というか、やたら暗く重くなったなぁ、ということに気づいてはならないと、わたしは必死にチーズケーキとリルカの実に意識を向ける。
聞いちゃいないよ、なんだかそちらさん、重い話をしてない!?
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